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2013年1月 4日 (金)

元旦・神の母聖マリアのミサ説教

 2013年・神の母聖マリアの祭日・説教
                2012年1月1日、東京カテドラル関口教会

 第一朗読 民数記6・22-27
 第二朗読 ガラテヤ4・4-7
 福音朗読 ルカ2・16-21

 ことしの教皇ベネディクト十六世の「世界平和の日」のメッセージは「平和を実現する人々は幸いである」です。
 教皇はイエス・キリストの言葉、「平和を実現する人々は幸いである、その人たちは神の子と呼ばれる」(マタイ5・9)から霊感を得てこのメッセージを書きました
。いま、世界中で貧富の差が拡大しまた利己主義的・個人主義的な考え方が蔓延しています。さまざまな形のテロと国際犯罪、また種々の形をとった、宗教の原理主義や狂信的な動きがたえず、人々は緊張と対立のなかにおかれ、世界の平和は脅威にさらされています。このような状況のなかで多くの人々が平和のために働いています。平和とは人類本来の深い望みであり、平和を実現するために働くことはすべての人の義務であり権利でもあります。
 「平和を実現する人々は幸いである。その人たちは神の子と呼ばれる」というイエスの言葉の「平和を実現する人」とは、来世においてのことではなく、すでにこの世において、神の子となるのであり、神はいつも彼らの側におられる、と言うことを意味しています。神は真理と正義と愛のために働く人々の側に立ってくださるからです。何よりもイエス・キリストの生き方がこの言葉の意味を示しています。
 平和は、人間の努力だけでは実現しません。平和は神の望んでいる基準の上に築かれるのです。ですから神との対話なしには、わたしたちは平和を脅かし阻んでいる罪、すなわち利己主義と暴力、貪欲と権力欲、支配欲、不寛容、憎しみと不正の構造に打ち勝つことはできません。
 神の望まれる基準に基づいて平和を実現する人とは、平和を実現する人は命を大切にし、守り、推進する人のことを意味します。受精に始まり、成長し、死を迎える人間の生命はあらゆる次元において尊重されなければなりません。人工妊娠中絶と安楽死を認める法律と措置は人間の尊厳に反しています。
 教皇は平和を実現する人を教育することについて、特に赦しとは何か、を中心に、次のように述べています。〈要旨〉
 「平和のわざとは平和への関心を作り出し、人々を平和へと教育するのです。平和に関する思想、ことば、行為は、平和の精神と文化を作り出します。平和の精神と文化とは、尊敬と誠実と思いやりに満ちた雰囲気です。それゆえ、人々が互いに愛し合い、平和に向けて教育し合い、単なる寛容を超えた善意を生きるように教育することが必要です。このことに関して何よりも次のことを勧めます。復讐しないこと、不正を認識すること、求めることなしに謝罪を受け入れること、そして最後にゆるすこと。それは、過ちと侮辱を真実のうちに認め、ともに和解に向けて前進するためです。このことは、ゆるしの教育を広めることを求めます。実際、善をもって悪に打ち勝ち、すべての子らを愛してくださる父である神に似たものとなることによって正義を追求しなければなりません(マタイ5・21-48参照)。イエスはご自分の生涯の中で、このような態度をすべて体現されます。そして、〈命を失う〉(マタイ10・39、ルカ17・33、ヨハネ12・25参照)に至るまで、自らを完全にささげます。」
今日は神の母聖マリアの祭日です。聖母の取次ぎによりいのりましょう。
 「わたしたちは神のあがないに与り、神の子となる恵みを受けました。わたしたちは神に向かって、『父よ』と呼びかける霊を受けたのです。どうか、イエス・キリストの兄弟である神の子として、イエスに倣い、人を赦し受け入れ、憎しみと敵意に打ち勝ち、誰でも兄弟姉妹として大切にし、平和を実現する人となることができますよう照らしと光をお与えください。アーメン。

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 いい説教を読まして頂きました。これからも少しづつ貴師の説教から霊的、信仰的栄養を汲ませて頂く積りです。

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