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2017年1月24日 (火)

ご挨拶

寒さが厳しい毎日を過ごしています。 皆様お元気にお過ごしの事とおよろこび申し上げます。 すっかりご無沙汰をしておりますことをどうかおゆるしください。

今日は、ふと昔学んだ漢文を思い出しました。
日日新たに 荀日新、日日新、又日新。
(荀に日に新たに、日々に新たに、又た日に新たなり)  これは中国の古典「大学」の一節で、「きょうの行ないはきのうよりも新しくよくなり、明日の行ないはきょうよりも新しくよくなるように修養に心がけねばならない」ということを意味しています(諸橋轍次「中国古典名言事典」)
今日というこの日は、今までにない何かの新しさを持っているのであり、今年という年は今までにない何かの新しさを持っているのです。わたしたちは日々何かの新しさを体験することができるのです。 よく考えてみれば、「新しい」ということは実に不思議なことです。
新しさは、今までに存在したことのない何かである。この新しさはどこから来るのでしょうか。  

聖書の教えによれば、神はたえず聖霊を送り地上を新たにしています。((詩篇04・30)  
 新しくなるということ、それは創造されるということであり、創造は神の霊の働きによります。神は全救済史を通じて日々地上のすべてのものを新たにされ、「新しい天と地」(黙示21・1他)を完成されます。わたしたち人間も日々新たにされ、古い人を脱ぎすて新しい人を着、キリストに似た者にかえられて行くのです(Ⅱコリント4・16・5・17他)。
3わたしたち生身の人間は、生活しているうちに活力が衰え、息切れして生き生きとした、創造的・建設的な活動ができないようになってしまいます。そこで、時の流れの節目に休息と回復の機会を設けなければならないのです。今自分は、それは神の気=聖霊によって、わたしたちのケガレ(気枯れ)を回復するときを迎えているように感じています。

わたしも文京区に住んで17年目を迎えました。思えば生涯のなかで、故郷を除けば一番長い居住地です。 「見よ、わたしは新しい天と新しい池を創造する。」(イザヤ65・17) この言葉を頼りに、身辺の整理をし、さらに自分の心境を整理し、心身の「断捨離」を実行しながら,残余の年月、「日々生まれ変わる新しい自分」として生きたいと願っています。

2017年1月20日                          岡田武夫

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