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2017年7月

2017年7月29日 (土)

精神科医の謝罪

017年7月29日、麹町聖イグナチオ教会でのシンポジューム『いのちへのまなざし』のけるシンポジスト、精神科医の香山リカ氏の発言のなかに非常に衝撃的な内容が含まれていた。

2010年、ドイツの精神科医の学会の会長が70年の沈黙を破って謝罪の談話を発表した。謝罪の内容は、精神障害者に対して行った数々の人権侵害、犯罪行為についてである。ナチス政権下で、精神科医は、精神障がい者のなかから「生きている価値のないもの」を選別し20万人の生命を虐殺するという挙に出た、という。その際、その行為を「問題のない、よい行為だ」と考えていた。

この香山氏に発言はにわかに信じがたかったが、インターネットの記事によって確認することができた。この思想は、先日日本で起こった「津久井やまゆり園」での職員におる殺人事件の犯人に通じる思想である。

2017年7月25日 (火)

父母を敬え

2017年7月17日  宣教・福音化年「合宿研修」派遣のミサ

第一朗読 出エジプト記1.8~14,22

福音朗読 マタイ10.34~11.1   

昨日の夕方6時過ぎにやっと到着して、夕食にあずかり、今のこの時まで皆さんと一緒に過ごしてきました。昨日、そして一昨日はいなかったので、皆様のお話しを伺うことができず、残念でございました。それから夕べと今日も皆さんのお話しを聞いたのですけども、正直よくわからないところがありまして、もっと更に伺いたいという気持ちが残っております。

今日のマタイによる福音を読んで、わたくしが今思いますことをお伝えし、皆さんの参考に供したいと思います。 「わたしよりも父や母を愛する者は、わたしにふさわしくない。 自分の十字架を担ってわたしに従わない者は、わたしにふさわしくない。自分の命を得ようとする者は、それを失い、わたしのために命を失う者は、かえってそれを得るのである。」 イエズス様の大変厳しいお言葉であります。

わたくしも若い時、この言葉を黙想し、できたら司祭になろうと思い、ある時決心をして、神学校に入れてくださいと頼んで、そのあと司祭への道を歩み司祭になりました。その時は、司祭になろうと思った時は、このイエスの言葉に自分は応えるのだと思って、決心をしたのであります。まあしかし、司祭になり、司教にまでなってしまった後で振り返ってみると、自分の動機は本当に純粋なものであったであろうかと思うのであります。今更言ってもしかたがないんですけども、皆さんのお話しを聞いて刺激されて、自分のことを少しだけ話そうかな、打ち明けようかなと思いました。

わたくしは、千葉県の房総半島の山奥にある市原市鶴舞というところで、生まれ育ちました。わたくしの家庭はいろんなことがあって、あまり恵まれていなかったんですね。わたくしは長子、長男であります。父や母は一生懸命生き、わたしたちを育ててくれましたが、わたくしどもはその父母の心をよく受け止めず、よくわからず、どちらかというと恨みがましく思っていたのであります。本当に申し訳ありませんでした。皆さんに謝ってっても仕方がないのですけども。・・・父や母の苦しみや痛み、悲しみを理解しなかったですね。大きくなって何十年もたってわかってきた。

わたくしが千葉県の教会に行きましてミサをあげました後、一人の方がこうおっしゃいました。「私はあなたのお父さんをよく知ってますよ。」「え、知ってたんですか?」「あなたのお父さんは立派な教育者、学校の先生でした。」その方も教育者で、父は先輩にあたる。息子の目にはそうは見えなかった。「あなたのお父さんのおかげを被って感謝している人がいます」と。間もなくその感謝している方からの手紙がきました。「あなたの父上は私の恩人であります。」とこう縷々と書いてある。おれの親はこんなに偉い人だったのか!

母につきましても、・・・母のことをよく知っている方が、教会におりましてですね、別の教会ですけど訪問した時に、その方のお話しを聞くことができた。「あなたのお母さまは大変立派な方で、みんなのことをよくお世話をし、そして尊敬されていた」と。わたしは母のことは断片的にしか憶えておりません。幼い時に母とは離された状態になりました。わたくしが大学生になったときに、突如母親に会うことになったわけなんです。わたくしと下の「きょうだい」の心には父や母のことをあまり思い出したくないという思いがあったんですね。・・・わたくしは本当に申し訳ないが、大変後になって、父や母のことをもっと知りたいと思うようになった。わたくしが司祭になってから、二人とも帰天しております。臨終洗礼を受けて東京のカテドラルに葬られております。すぐそばなんで毎日でも墓参りできるのですけど、これがまたしないんですね。なんて親不幸な息子であるかと思いますが。

ですから本当にイエズス様の呼びかけに応えて父や母のもとを出る人もいるけれども、かなり不純な動機で、やなことをしたくないからイエスに従うという理由を見つけるという、そういう人もいるのではないかと。このイエスの言葉は大変難しい要求だと思います。 わたしたちは父や母から生まれますが、生まれた時から健全な家庭があるわけではない、家庭を知らない人もいる。両親がそろっていない方もいる。それから親がわからないという人もいる。人は家庭で生まれ育ち、両親の愛に育まれると、それは理想ですが、そうはいかない現実の中で、わたしたちはまず自分の家庭のことを思いますが、多くの方々の家庭のことも思い、本当にあなたは大切な存在、かけがえのない、なくてはならない人なんですということをどうやって伝えられるだろうか。親は自分を捨てて逃げちゃった、という場合に、自分は大切にされたとなかなか思えないわけであります。わたしの父、母は大切に思って一生懸命育ててくれたわけなんですけども、子供からみたら、ああだ、こうだと思うのですが、どんなに一生懸命生きたかということがわかる。実際、生きるということは大変なことであって、子供を産んで育てるということが、今、更に難しくなっているわけで、子供の貧困ということが言われておりますが、親が子供のお世話をよくすることが難しい環境にある。経済的のみならず精神的にも余裕がない、そういう状況で、子供が愛に包まれて育つということは難しい。そういう中で、わたしたち教会はどうしたらいいだろうか。

話は飛びますが1993年、ずいぶん昔ですが、日本のカトリック教会は福音宣教のための全国会議を開いた。そして家庭の問題をとりあげた。そして、それぞれの教区で、家庭について何ができるかということを考え実行しようということになりました。当時の浦和教区では、わたくしが浦和司教でありましたが、宣教司牧評議会を立ち上げて、そして青年、女性の皆様の協力をお願いしました。昨日その話をしたんですけども、女性をもっと励ますと。そしたら、もう励ます必要ないんだそうですね。「男性を励まさないといけないんですよ、司教さん。」ああそうですか。青年はどうなんですかね。青年はあまり元気がないように思うのですけども、子供ですよね。子供は今本当にかわいそうな状況にある。子供を暖かく受け入れ励ます。親が自分の子供のお世話もできない。お世話をすることを学んでいない親もいるという状況で、教会はそういう方々のためにきめ細かくできることをしていかなければならないんだろうと思います。 自分の言葉で、自分にできることを真心こめてお献げする、ということが福音宣教であると思います。この三日間、教会の働きを見事にあらわしている良い試みであると思い、このような集いは更に発展することを願っております。

2017年7月15日 (土)

私にとっての《神》 その1

2017年7月8日(土) 太田教会 テーマ「神―わたしにとって神とは?」

 「神―わたしにとって神とは?」というテーマをいただきましたが、何を話したらよいか、かなり困っております。皆さんの学び合いの材料、或いは何かの足しになればよいかなと思います。 わたしたちは神を知っていますが、この神はキリスト教の神。イエス・キリストが教えてくださった神であります。イエス・キリストの教えてくださった神は、すでにイスラエルの人々が信じていた神、同じ神様です。同じ神様ですけれども、そこに信仰の発展がある。そして、イエスが地上を去るときに、わたしたち教会がつくられ、残されました。神を信じる民として、世界中に宣教しているわけであります。 神様というのはどういう方か、人間にはわからない、よくはわからないわけです。わかれば、わたしたちも神様になってしまします。神様がわからない。わからないから、あちら側からわたしたちにご自分をお示しになる。こうだよ、ああだよと。それが長い歴史の中で少しずつ、小出しにというか、教えてくださっている。一度に教えても、とてもわからないだろう、受け入れられないだろう、ということで、何回も色んな機会に、色んな人を通してお話になったのだと思います。 わたしたちの神は信仰の神、信じている神、なんですけれども、その前に頭で考える神様という場合があります。それは哲学者とかいう人は頭で考えて、神様とはこうだ、ああだと考えた神です。しかし、聖書の神は頭で考えた神ではなくて、神様のほうから人間に語りかけて、御自身を示してくださった。そういう神様ですね。  それで、「神」という言葉ですが、キリシタンの時代、翻訳に困ってしまったんです。よく日本語がわからないうちに、どういう日本語で説明したらよいか、きっと悩んだのでしょ。色々やってみたようですが、良い言葉が見つからなかったので、デウスという言葉にしたらしいんです。デウスはラテン語の神ですが、他にもどういう日本語にしたらよいかわからないというので、そのままラテン語の発音を日本人が言いやすいような発音にしたというか、自然にそうなってきたんでしょうか。 当時は「神父」という言葉もなかった。「パードレ」と言いました。「神父」とか、あるいは現代で我々が使っている用語は、明治時代になって、宣教が再開された時に導入された言葉で、多分中国から来たんじゃないかと思われます。前のほうがよかったかもしれないですね。色々な言葉がほぼ原文というか、当時の宣教者が自分の国の言葉、あるいはラテン語の言葉を、そのまま日本人に言いやすいようにしたのであります。  神という言葉も、第二ヴァチカン公会議以前、日本では、わたしたちも以前、「天主」と言っていたわけで、昔の痛悔の祈り、“ああ天主、われ、主の限りなくきらい給う罪をもつて”というように祈っていました。・・・ともかく神ではなく、「天主」であった。 日本では神というと、天神様の神、八百万の神といいますが、誰でも神様になりえます。特別な力を持った人、そして亡くなった人が生きているわたしたちの上に及ぼす、良い力、悪い力、そういうものを持っている存在が神なのでしょうか。 菅原道真が天神様になったでしょうけれども、政敵の藤原氏に貶められて、讒言されて、左遷されて、裏切りの中で亡くなった。その怨みが残っているので、色んな災害が起こるから、どうぞ怨みを捨ててください、お鎮まりください、といって神社を建てて、宥めるという考えだった。 色んな神様がいて、神社に行って、この神社はどういう神様が祀っているかなと思うけれども、ほとんど関心がない。でも一応聞いてみると、なんとかの命とかになっているのですけれども、わたしたちはそれくらいの神理解なのです。それなのに、なぜキリスト教の神を神と訳したのか。もう今更どうにもしょうがないのすけれども。 「神」という言葉が、わたしたちの神理解に誤解を与えているのかもしれないのです。「神、こんなに誤解された言葉はない」と言う人もいます。でも、どう誤解してるか、わたしたちにはわからないんですね。  

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