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2019年9月19日 (木)

罪深い女

年間第二十四木曜日 ミサ説教

2019919()、本郷教会

 ある罪深い女性の話であります。イエスはこの女性に、「

あなたの信仰があなたを救った。安心して行きなさい」(ルカ750

と言われました。

イエスは、ほかの場面でも同じような言葉、「あなたの信仰があなたを救った。」と言っています。

今日の話も、ファリサイ派の人とイエスの間に起こった、信仰の理解の違いの物語ではないかと思われます。

この罪深い女とはどんな女性だったのでしょうか。

この話はどこで起こったのでしょうか。おそらく、イエスが活動した主な場所、ガリラヤの湖のほとりではなかったかと思われますので、カファルナウムかもしれないと思われます。

罪深い女というのは、もしかしたら娼婦であったと考えられます。

この女性は、イエスのことをすでに知っていました。

もしかしたら、何処かでイエスの話を直接聞いたことがあったのかもしれない。

イエスは神の愛、神のいつくしみを説いていました。

「いつくしみの特別聖年」という、特別な期間があったことを思い起こします。

イエスは、「神はいつくしみ深い」ということを説いたのでありました。

この女性は、人々に後ろ指さされ、爪弾きされるような仕事をしていた。

そのことを非常に後ろめたく思い、毎日辛い思いをしていたと思われます。

このような自分でも救われるのだろうか。そういうふうに思ったことでしょう。

しかし、イエスの話を聞いて、神は自分を赦してくれると思うようになった。

どんなに辛いことがあっても、自分を受け入れてくれる者、自分を赦してくれる存在、

自分を認めてくれる者がこの広い世界に一人でもいる限り、生きるための力をいただくことができるのではないでしょうか。

毎日辛い思いをしていたこの女性にとって、イエスとの出会いは、命を賭けた大切な出来事でありました。

イエスを通して、いつくしみ深い神を知った女性は、精一杯の感謝の気持ちを表したのでありました。

その女性の感謝の仕方は、非常識というのでしょうか、人を十分に驚かせるに足るものであった。

特に、イエスを食事に招いたファリサイ派の人を躓かせたのです。彼女の行動はファリサイ派の人には到底受け入れ難いものでありました。

そのような女性の行為、

「この人は涙でわたしの足をぬらし、髪の毛でぬぐってくれた。」(ルカ744

「この人は足に香油を塗ってくれた」(ルカ746)をイエスは受け入れました。

このようにして、この女性はなりふり構わずに精一杯、自分の感謝の気持ちを表したのでありました。

そのような女性をイエスは庇って言われた。

「だから、言っておく。この人が多くの罪を赦されたことは、わたしに示した愛の大きさで分かる。赦されることの少ない者は、愛することも少ない。」(ルカ747

この女性は、赦されたということを信じ、そして罪深い自分が赦されている、受け入れられているということを信じ、大きな喜びをもってイエスへの感謝を表したのでありました。

 

いつも同じことを言っておりますが、福音宣教というのは、良い便りを告げ知らせることであります。

聞く人にとって、良い便り、喜ばしい便りを告げ知らせなければならない。

この女性の場合は、いつくしみ深い神が自分を赦し受け入れてくださっているということを身をもって表現し行動で示してくださった方がナザレのイエスであったので、そのイエスに対する限りない感謝の念を、このような特別な行動で表明したのでありました。

わたしたちの場合、なにが福音であって、そしてどのようにしたら福音への感謝を表すことができるでしょうか。

 

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