無料ブログはココログ

« 自分のことは棚に上げて | トップページ | すべての人を救う神 »

2019年9月15日 (日)

自分を無にする

病者のためのミサ説教

2019914() 十字架称賛の祝日、本郷教会

神は、すべての者が救われて永遠の命に入ることを望まれ、御子イエス・キリストを

わたしたちのところにお遣わしになりました。

イエス・キリストは、神の御子でありながら罪ということを除いてすべての点で、わたしたち人間と同じ者になられました。

それだけでなく、自分を空しくし人の僕となり、十字架の死に至るまで謙遜で従順な生きかたを示してくださいました。

「自分を無にする」ということは、いろいろな宗教でも同じように教えていると思います。

この「自分を無にする」ということは、誰にとっても難しいことではないでしょうか。

わたしたちは、自分の日々を振り返ってみますと、いろいろな時にいろいろな場面で、自分というものを主張しており、自分の思いが遂げられない時には、不愉快に思ったり、怒りを覚えたりするのであります。

それは、主イエス・キリストの生き方にはそぐわない生き方であります。

そういう謂わば原罪というマイナス要因に条件づけられている人間でありますが、それでもわたしたちは、イエス・キリストを信じることによって、聖霊の注ぎを受けております。

ただひたすら、イエス・キリストを信じるということは、日々イエス・キリストによって生かされているということを信じ、そして自分自身の中にイエスが来てくださっている、わたしたちは聖霊の神殿とされているということを、自分で認めることではないかと思います。

すべての人は、地上の生活をいつか終わらなければなりませんが、地上の生活を終わったのちも、天には永遠の住処が備えられております。

そして、日々イエス・キリストの復活の命を受け、最終的に復活の栄光に与ることができる、

完全に主と同じ姿に変えていただけると、わたしたちは信じます。

自分自身のことを含め、わたしたちは体についても心についても、何らかの問題を持っているのでありますが、その事実を謙虚に認め、そしてそのようなわたしたちの内に復活したイエス・キリストが来てくださっているということをあらためて認め、そしてお互いに尊敬するようにしたいと思います。

そして、この世界が神のお造りになった世界であり、そもそも極めてよい世界であるという創世記の教えをあらためて確認いたしましょう。

どんなことがあっても、この世界は神の造られた世界であり、そして神の輝きのもとに置かれています。

どうかわたしたちのこの信仰を、聖霊が強めてくださいますように。

 

 

 

 

 

« 自分のことは棚に上げて | トップページ | すべての人を救う神 »

ミサ説教」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 自分のことは棚に上げて | トップページ | すべての人を救う神 »