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2019年10月11日 (金)

イエスは悪魔の親分?

年間第二十七金曜日 ミサ説教

20191011日、本郷教会

 

わたくしたちは毎日ミサをあげて福音を読み、ナザレのイエスとはどんな人であったのか、何をした人であるのかということを学んでいます。

イエスはユダヤ人として生まれ、ユダヤ人の宗教を自分の宗教として生きた人ですが、ユダヤ人の宗教の指導者である律法学者、ファリサイ派、祭司たちと対立するようになりました。

今日の福音もその対立の場面を伝えています。

イエスはさまざまな誹謗中傷を受けましたが、その中で最も酷いものは「イエスは悪霊の仲間である」、「悪霊の頭(かしら)ベルゼブルの力を使って悪霊を追放している」という悪口であります。

悪の組織に通じていれば、その組織の一番上の者に指令を出すと、そこから配下に命令がわたって実行に移される、という考え方からこのような悪口が出てきたのでしょうか。

聖書の教え、福音書の教え、そして使徒パウロの教えは、「悪に対して悪を以ってせず、善を以って悪に勝ちなさい」、「暴力に対しては、非暴力で対抗しなさい」と言っています。

先日の福音(2019930日ルカ94650)で、イエスの弟子たちが、イエスの名を使って悪霊を追い出している者がいるのでやめさせましょうかとイエスに問う場面がありました。

今日の話はそれに似てはいるが、全く違う教えになっています。

「わたしに味方しない者はわたしに敵対し、わたしと一緒に集めない者は散らしている。」

(ルカ1123

良いことをするについては、敵とか味方とかいう問題はない。

この世界には素晴らしいこと良いことがたくさん行われていて、それは教会の名において行われているか、あるいは教会の外で行われているかに関わらず、良いことは良いのであります。

この世の中で、あってはならないことがある場合に、その悪と戦うことがわたくしたちキリスト者の使命であり、すべての人類もその悪を追放することにおいて協力をしなくてはならない。

平和を実現するために、立場、宗教、主義、主張を超えて力を合わせるべきであります。

「わたしに味方しない者は敵対する」という言葉は、善の実現のために協力しないどころか反対する者は、悪霊の力に置かれている者、悪霊の仲間になっている者であるという意味であるかもしれない。

この度来日なさる教皇フランシスコは「喜びに喜べ」という最近出された教えの中で、

「わたしたちキリスト者の生活は、悪との戦いの日々である」と言っておられます。

 

 

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