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2019年11月26日 (火)

終わりの時

 年間第三十四火曜日 ミサ説教

 20191126()、本郷教会

 

今読んだ福音は、二週間前の日曜日1117日年間第三十三主日の福音とまったく同じ箇所であります。

非常に立派な神殿を目の当たりにしてイエスが言われた言葉でした。

この神殿は、紀元70年にローマ軍によって破壊されることになります。

そういう状況で、イエスが世の終わりが来るまでに起こることはどんなことかと述べ、そしてその日に備えて日々を大切に生きるようということを言われたのではないかと思います。

クリスマスは主イエス・キリストが霊的にわたくしたちのところにお生まれになる日ですけれども、間もなく待降節、主をお迎えする準備をする時であります。

わたくしたちは、その時まで個人としても教会としても、自分に与えられた日々を大切に過ごさなければなりません。

大切に過ごすとはどういうことなのだろうか。

教皇様が日本に来てくださいまして、「命を大切にする。一人ひとりの存在の尊さを深く思うように」と言ってくださっております。

そのために世界レベルでのいろいろな必要、核兵器を廃絶するなどのことがあります。

そしてさらに、一人ひとりが自分自身の命を大切にしなければならないと思うのであります。

日本という国の現実を見るときに、いろいろの人が生きるための動機とか希望というものを削がれてしまっている、弱くされているという現実があります。

教皇様もそのことを心配してくださっていると思います。

ひとは何によって生きるのでしょうか。

個人としても世界としても、やがて終わりの日がくる。

 その終わりの時までに与えられた日々をどう過ごすか。

 仮に何月何日が自分の人生の終わりの日だと分かれば、わたくしたちは何をして過ごすだろうか。

 人類も同じことで、その日がいつか分かりませんが、その時が来るとすべては一旦破壊されて新しい天と新しい地に作り直されると聖書の黙示録などは伝えています。

 わたくしたちは、自分を大切にしながら他の人びとのために何をしたら良いのかということをもっとよく考える時ではないだろうかと思います。

 

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コメント

承認していただき大変ありがとうございます。 このようなお説教や様々なメッセージをいただけるのはこの上なく幸いなことです。まだキリスト教の信者ではありませんが、日々の暮らしを見直し、生きる目的や意味を改めて考えさせていただきました。

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