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2019年12月17日 (火)

何の権威で?

待降節第三月曜日 ミサ説教

20191216()、本郷教会

 

昨日の待降節第三主日の福音におきまして、イエスは「洗礼者ヨハネは女から生まれた者の中で、最も偉大な者である」と言われ、しかし「天の国では最も小さな者でも、ヨハネよりは偉大である」とも言われました。

不思議な言葉であります。

洗礼者ヨハネが誰であるのかということは、彼らにとって大きな問題であった。

祭司長や民の長老たちは、ヨハネの権威を認めることができなかった。

もし認めれば、自分よりも遥かに偉大な者であるとヨハネが示したナザレのイエスの権威を認めなければならなくなるからではないでしょうか。

祭司長、民の長老、律法学者やファリサイ派の人びと、これらの人びとは当時のユダヤの国の宗教的指導者であるだけではなく、政治的指導者でもありました。

彼らはイエスの権威を認めることができなかった。

認めようとしなかった。

イエスが数々の力あるみわざを行い、神の言葉を告げ知らせたにもかかわらず、イエスを排斥するようになったのであります。

神殿を拠点とする祭司長たち、そして最高法院という支配の機関に属する人たち、律法を拠り所とする律法学者やファリサイ派の人びと、そのような人たちの旧体制は、イエスの出現によって少しずつ壊されていき、紀元70年にエルサレムの神殿が破壊された時に彼らの支配の体制は完全に崩壊したと言えるのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

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