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2019年12月 1日 (日)

最後の時

年間第三十四木曜日ミサ説教

20191128()、本郷教会

エルサレムの神殿が滅ぼされるということについて何度か聖書が述べております。

今日の福音は、エルサレムが異邦人によって滅ぼされるということを述べています。実際、エルサレムは紀元70年にローマ軍によって滅ぼされましたが、わたくしたちにとって大切なことは、この世界の最期の時が来るということであります。

「そのとき、人の子が大いなる力と栄光を帯びて雲に乗って来るのを、人々は見る。」(ルカ2127

信徒信条のなかでわたしたちは「主は生者と死者を裁くために来られます」と信仰宣言しています。

この世界には終わりということがある。それでは、終わったらどうなるのかということですが、その後「新しい天と新しい地が現れる」と黙示録などが告げています。

そしてわたくしたちの一人ひとりにも終わりが来るのであります。

その終わりの時というのは、決定的な神との出会いの時であります。

わたくしたちは多くの人の死を見送りましたが、今度は自分自身が見送られる時を迎えるのであります。

クリスマスというと楽しいイメージを持ちますけれども、自分自身の最期とクリスマスを引き合わせるとすれば、ただ喜んで待っているわけにはいかない。

クリスマスはイエスが生まれてくださったことを記念し、そしてまた今年もいわば霊的に生まれてくださる、一人ひとりの人の心に来てくださるということを思う時であり、そしてさらに自分の人生の最期の時を思う時でもあります。

残された時間が自分にはどれだけあるだろうか。

一か月だろうか、一年だろうか、二年だろうか、十年だろうか。何十年だろうか。

その残された時間をどう生きるかということが最も大切なことではないだろうか。

人類についても同じことなので、人類にも最期の時が来る。それがいつであるかは誰にも分からないですね。分からないから来ないものだと錯覚して、それぞれ皆勝手なことをしている。しかしもし一年後、五年後ということがはっきり分かれば、その限定された期間内に為すべきことをするのではないだろうかと。

終わりがあると思う時に、わたくしたちの人生の在り方が根本的に変わってくるのではないでしょうか。

 

 

 

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コメント

このお説教を何度も拝読いたしました。 特に後半、大切なメッセージをいただき、強く心に残りました。

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