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2019年12月21日 (土)

12月21日、雅歌とマリア、エリサベト

病者のためのミサ(12月21日) 説教

2019年12月21日(土)、本郷教会

 

主イエスの御降誕を直前に控え、今日わたくしたちは、その喜びを予め分かち合うミサを献げます。

今日の第一朗読、福音朗読をご一緒に分かち合いましょう。

 

第一朗読では、雅歌という旧約聖書の書が選ばれています。

雅歌という書は、歌の中の歌Song of Songsという原題がつけられていて、最も素晴らしい最も美しい歌という意味であります。

今お聞きになりましたように、若い男女がお互いに恋する相手との交わりを喜び、そして分かち合うという内容になっている。

どうしてこのような内容の書が聖なる聖書の正典になっているのかという論議がありました。

雅歌を通読すると、神とか主という言葉はまったく出てこない。

若い男女間の健やかな微笑ましい愛の物語であります。

そこで、この話をいわば一つのたとえとして受け取って、神とイスラエルの民の間の愛の関係を述べているという解釈もあるし、そのほかの似たような解釈も行われたそうであります。

他方この雅歌を文字通り受け取るべきであるという見解もある。

紀元90年のことですが、聖書のどの巻物を正典と認めるべきかということを決定する会議があったそうです(イエス・キリストよりかなり後のことですけれども)。

そこでラビ・アキバという人物が、雅歌は非常に聖なる書であると強く主張した結果でしょうか、正典になったそうであります。

若い人たちの間に、このような互いに愛し合う関係があるということは、神さまが喜ぶことであるという解釈なのでしょうか。

なぜ聖なるかについては、論議があるそうです。

 

福音朗読、「そのころ、マリアは出かけて、急いで山里に向かい、ユダの町に行った。」

「そのころ」というのは、昨日の朗読に続いて述べていて、不妊の女と呼ばれていたエリサベトが神様への願いが通じたからでしょう、子供に恵まれて妊娠しました。

六か月経っていたとあります。

マリアとエリサベトは親類なのでしょうか、以前からの知り合いであり、マリアは躊躇なくかなり距離のあるエリサベトの家、すなわちザカリアの家まで出向いている。

距離がどのくらいあって、交通手段がどうであったのか何も説明はないですけれども、身軽に急いで出かける少女の姿を思いますと、何となく聖母マリアとしてわたくしたちが考えてる女性とは違う姿が浮かんできます。

このマリアの挨拶に対し、エリサベトとエリサベトの胎内にいた洗礼者ヨハネが聖霊によって呼応しているわけです。

ここに本当に健やかで清々しい、神を信じる人の世界が描かれているように感じます。

このクリスマスの直前の雅歌とルカの福音は、主イエス・キリストを迎える準備をするわたくしたちの心を、そちらの方に向けるために相応しい朗読の箇所ではないかという気がいたします。

 

ところで今日は「病者のためのミサ」ですので、すべての病気の方の回復を願いましょう。

そしてさらに、わたくしたちが自分自身を含めて、神さまが本来与えてくださったはずの健やかな状態に変えていただけるよう、あるいはもっと健やかな自分にしていただけるようにお祈りしましょう。

皆様は、ご自身のご家族・友人・知人・教会のお友達で病気になっている方、手術を受けている方のために本当に良い奉仕をしてくださっていることを知っております。

感謝申し上げるとともに、そのような働きを主イエス・キリストが喜びのうちに受け入れてくださることを信じます。

わたくしたちにはそれぞれ家族がいます。

その家族の一人ひとりの健やかな日々のためにお祈りしたい。

そして、地上の生涯を終えて主のもとに旅立った方々の永遠の安息を願って、この御ミサをお献げいたしましょう。

――

第一朗読  雅歌 2:8-14
恋しい人の声が聞こえます。山を越え、丘を跳んでやって来ます。恋しい人はかもしかのよう、若い雄鹿のようです。ごらんなさい、もう家の外に立って、窓からうかがい格子の外からのぞいています。
恋しい人は言います。「恋人よ、美しいひとよ、さあ、立って出ておいで。ごらん、冬は去り、雨の季節は終った。花は地に咲きいで、小鳥の歌うときが来た。この里にも山鳩の声が聞こえる。いちじくの実は熟し、ぶどうの花は香る。恋人よ、美しいひとよ、さあ、立って出ておいで。
岩の裂け目、崖の穴にひそむわたしの鳩よ、姿を見せ、声を聞かせておくれ。お前の声は快く、お前の姿は愛らしい。」

福音朗読  ルカによる福音書 1:39-45
そのころ、マリアは出かけて、急いで山里に向かい、ユダの町に行った。そして、ザカリアの家に入ってエリサベトに挨拶した。マリアの挨拶をエリサベトが聞いたとき、その胎内の子がおどった。エリサベトは聖霊に満たされて、声高らかに言った。「あなたは女の中で祝福された方です。胎内のお子さまも祝福されています。わたしの主のお母さまがわたしのところに来てくださるとは、どういうわけでしょう。あなたの挨拶のお声をわたしが耳にしたとき、胎内の子は喜んでおどりました。主がおっしゃったことは必ず実現すると信じた方は、なんと幸いでしょう。」

 

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