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2020年1月16日 (木)

癒し、悪霊の追放、引きこもり

年間第一水曜日ミサ説教

2020115()、本郷教会

 

「主の洗礼」の日を祝ったわたくしたちは、その翌日から年間という典礼の期間に入りました。

13日の月曜日から「サムエル記」という旧約聖書の朗読が始まりました。

サムエルという預言者の生涯を告げる旧約聖書の書物であります。

サムエル記ではサウル、そしてダビデという二人の王の話が展開していきます。

今日の朗読では、少年サムエルがシロの神殿で寝ている時に神の呼びかけを受けたという話が述べられている。

聖書の中で、神はしばしば夢の中であるいは寝ている時に直接話しかけられます。

三度にわたって神は、まだ幼い少年のサムエルに話しかけられました。

エリという祭司は、「サムエル、サムエル」という声がしたら、次のように答えなさいと言っています。

「どうぞお話しください。僕(しもべ)は聞いております。」

サムエルは救いの歴史の中で大きな役割を果たしました。

今日の福音で、イエスはシモンのしゅうとめをおいやしになりました。

夕方になって日が沈むと多くの人がイエスのところに病人や悪霊にとりつかれた人を連れてきました。

日が沈むと次の日になるということなので、安息日が終わったという意味ですね。

安息日に労働してはいけないということですので、日が沈んで安息日が終わったという意味です。

イエスは病人をいやし、悪霊を追い出されました。

イエスのなさったことは何であったかというと、マタイ・マルコ・ルカの共観福音書が告げている頻繫におこなわれたみわざは、いやしということ、悪霊の追放ということでありました。

イエスの使命を受け継いでいるわたくしたち教会は、現代においてイエスのおこったことをどのように実行すべきでしょうか、実行することができるでしょうか。

昨日の夜は、教皇フランシスコの「福音の喜び」という使徒的勧告を勉強する日でしたが、わたくしはその後遅い夕食を摂りながらテレビのチャンネルをあちこち回すと、引きこもりの人を支援する活動をしている人の話が映っていました。

日本全国にたいへんな数の人が引き籠っている、そういう人をどういうふうに支援するかということに生涯を捧げている五十過ぎの人の話でありました。

わたくしたち、日本の教会、東京教区、そして本郷教会は何のためにここに存在するのか。

その問いを自分に問わなければならないと思う。

 

第一朗読  サムエル記 上 3:1-1019-20
少年サムエルはエリのもとで主に仕えていた。そのころ、主の言葉が臨むことは少なく、幻が示されることもまれであった。ある日、エリは自分の部屋で床に就いていた。彼は目がかすんできて、見えなくなっていた。まだ神のともし火は消えておらず、サムエルは神の箱が安置された主の神殿に寝ていた。主はサムエルを呼ばれた。サムエルは、「ここにいます」と答えて、エリのもとに走って行き、「お呼びになったので参りました」と言った。しかし、エリが、「わたしは呼んでいない。戻っておやすみ」と言ったので、サムエルは戻って寝た。


主は再びサムエルを呼ばれた。サムエルは起きてエリのもとに行き、「お呼びになったので参りました」と言った。エリは、「わたしは呼んでいない。わが子よ、戻っておやすみ」と言った。サムエルはまだ主を知らなかったし、主の言葉はまだ彼に示されていなかった。主は三度サムエルを呼ばれた。サムエルは起きてエリのもとに行き、「お呼びになったので参りました」と言った。エリは、少年を呼ばれたのは主であると悟り、サムエルに言った。「戻って寝なさい。もしまた呼びかけられたら、『主よ、お話しください。僕は聞いております』と言いなさい。」サムエルは戻って元の場所に寝た。

主は来てそこに立たれ、これまでと同じように、サムエルを呼ばれた。「サムエルよ。」サムエルは答えた。「どうぞお話しください。僕は聞いております。」

サムエルは成長していった。主は彼と共におられ、その言葉は一つたりとも地に落ちることはなかった。ダンからベエル・シェバに至るまでのイスラエルのすべての人々は、サムエルが主の預言者として信頼するに足る人であることを認めた。

福音朗読  マルコによる福音書 1:29-39
(そのとき、イエスは)会堂を出て、シモンとアンデレの家に行った。ヤコブとヨハネも一緒であった。シモンのしゅうとめが熱を出して寝ていたので、人々は早速、彼女のことをイエスに話した。イエスがそばに行き、手を取って起こされると、熱は去り、彼女は一同をもてなした。夕方になって日が沈むと、人々は、病人や悪霊に取りつかれた者を皆、イエスのもとに連れて来た。町中の人が、戸口に集まった。イエスは、いろいろな病気にかかっている大勢の人たちをいやし、また、多くの悪霊を追い出して、悪霊にものを言うことをお許しにならなかった。悪霊はイエスを知っていたからである。


朝早くまだ暗いうちに、イエスは起きて、人里離れた所へ出て行き、そこで祈っておられた。シモンとその仲間はイエスの後を追い、見つけると、「みんなが捜しています」と言った。イエスは言われた。「近くのほかの町や村へ行こう。そこでも、わたしは宣教する。そのためにわたしは出て来たのである。」そして、ガリラヤ中の会堂に行き、宣教し、悪霊を追い出された。

 

 

 

 

 

 

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