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2020年1月10日 (金)

イエス宣教の開始

降誕節木曜日(主の公現後)

202019()、本郷教会

 

今読んだ「ルカによる福音」は、イエスが故郷のナザレの会堂で宣教活動を開始した場面を告げています。

非常に印象的な、記述、目に見えるような光景が浮かんでくるようなルカの記述ではないでしょうか。

イエスは子供の時からナザレの会堂にたびたび通っておられたのでありましょう。

会堂でおこなわれていた礼拝は、どういうようにして進行していたのでしょうか。(式次第)

ここに出てくる「聖書」とは、われわれのいう旧約聖書のことであります。

決まった箇所を朗読するのではなくて、その都度朗読する者が箇所を選ぶことができたのでしょうか。

今までは、たまたま開いた箇所が次の箇所であったというように読めていたのですが、ほかの翻訳を読むと、イエスはわざわざこの箇所を探し当てて、そしてそれを読み上げられたというようにも読めます。

この箇所、「主の霊がわたしの上におられる。」はイザヤ書の中で終わりの方にある第三イザヤと呼ばれる部分からの引用です。(イザ61:1-2

ユダヤの民は約70年、バビロン捕囚という辛い体験をしましたが、ペルシヤがバビロンを滅ぼしたために解放されて、エルサレムに帰還することができた。

そして希望に満ちて新しい歩みを始めたところでありました。

その時のユダヤの民に告げられた預言を、それから500年経った後にイエスは「この聖書の言葉は、今日、あなたがたが耳にしたとき、実現した」と言われたのでありました。

イエスは霊の力に満たされていた。

自信を持って自分の使命の遂行の開始を宣言されました。

わたくしたちも聖霊の力に満たされて、それぞれ自分の使命を実行することができるように祈りたいと思います。

 

第一朗読  ヨハネの手紙 一 4:19-5:4
(
愛する皆さん、) わたしたちが愛するのは、神がまずわたしたちを愛してくださったからです。「神を愛している」と言いながら兄弟を憎む者がいれば、それは偽り者です。目に見える兄弟を愛さない者は、目に見えない神を愛することができません。神を愛する人は、兄弟をも愛すべきです。これが、神から受けた掟です。


イエスがメシアであると信じる人は皆、神から生まれた者です。そして、生んでくださった方を愛する人は皆、その方から生まれた者をも愛します。このことから明らかなように、わたしたちが神を愛し、その掟を守るときはいつも、神の子供たちを愛します。神を愛するとは、神の掟を守ることです。神の掟は難しいものではありません。神から生まれた人は皆、世に打ち勝つからです。世に打ち勝つ勝利、それはわたしたちの信仰です。

 

 

福音朗読  ルカによる福音書 4:14-4:22a
(
そのとき、)イエスはの力に満ちてガリラヤに帰られた。その評判が周りの地方一帯に広まった。イエスは諸会堂で教え、皆から尊敬を受けられた。


イエスはお育ちになったナザレに来て、いつものとおり安息日に会堂に入り、聖書を朗読しようとしてお立ちになった。預言者イザヤの巻物が渡され、お開きになると、次のように書いてある個所が目に留まった。

「主の霊がわたしの上におられる。貧しい人に福音を告げ知らせるために、主がわたしに油を注がれたからである。主がわたしを遣わされたのは、捕らわれている人に解放を、目の見えない人に視力の回復を告げ、圧迫されている人を自由にし、主の恵みの年を告げるためである。」

イエスは巻物を巻き、係の者に返して席に座られた。会堂にいるすべての人の目がイエスに注がれていた。そこでイエスは、「この聖書の言葉は、今日、あなたがたが耳にしたとき、実現した」と話し始められた。皆はイエスをほめ、その口から出る恵み深い言葉に驚い(た)

 

 

 

 

 

 

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