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2020年1月23日 (木)

ダヴィデの嫉妬

年間第二木曜日 ミサ説教

2020年1月23日(木)、本郷教会

 

第一朗読「サムエル記」、福音朗読「マルコによる福音」を読んで、心に思うところを申し上げます。

 

マルコによる福音では、イエスが目覚ましい「いやし」をされたと告げている。

「汚れた霊どもは、イエスを見るとひれ伏して、『あなたは神の子だ』と叫んだ」とあります。

病気は汚れた霊によって引き起こされるという考えが前提にあるからでしょうか。

「イエスは、自分のことを言いふらさないようにと霊どもを厳しく戒められた。」と続きます。

このイエスの「自分のことを言いふらさないように」という言葉は、イエスが病者や障がい者をいやした時によく使われる台詞であります。

これはなにを意味しているのだろうか。

「メシアの秘密」という言葉がありますが、おそらくイエスが目覚ましい働きをすることによって、人びとがイエスの使命を誤解し、地上の王にしようとすることを避けるためであったという考えがある。

五千人の人を養うためにパンを増やす奇跡をおこなったという話がありました。

この奇跡の話は四つの福音書すべてに出ています。四つの福音素が共に同じ話を伝えているわけであります。

人びとはイエスを王にしようとしたので、人々を避けて逃れていったとヨハネの福音で述べられています。

この「王」という者はなにであるのかということについて、イスラエルの歴史の中でいろいろな記述がなされています。

すでに朝のミサで出てきましたが(1月17日)、人びとは自分たちも王が必要だから王を任命して欲しいと要求をしたわけですね。

神さまはその民の要求を喜ばなかったが、サウルという人を任命しました。

このサウルは今日の朗読にあるように、ダビデに激しい嫉妬を覚え、ダビデを殺そうとします。

ダビデはサウルの息子のヨナタンと仲が良かったので、ヨナタンはダビデを守りました。

ヨナタンが父を戒めるとサウルは過ちを認めて、「主は生きておられる。彼を殺しはしない。」と誓いますが、またしばらくすると同じことになる。

サウルの心はダビデに対する怒り、憎しみ、嫉妬から逃れることができなかったことが窺えます。

王という名誉や権力に捉えられると、人間は神の前に素直な従順であることが非常に難しくなると思われます。

 

日本の教会の歴史において、短い生涯を神さまの招きに応えて貧しく清らかに生きた女性、

北原怜子(きたはらさとこ)さんは、ローマ教皇庁から尊者と認められました。

その北原さんの取り次ぎを求める祈りを、御命日である1月23日の今日、ご一緒に唱えたいと思います。

 

尊者エリザベト・マリア北原怜子の取り次ぎを求める祈り

 

主よ、あなたは

尊者エリザベト・マリア北原怜子に

多くの恵みをお与えになりました。

とりわけ東京で戦争の犠牲になり、

顧みられなかった貧しい人々に喜びをもって自らを与え、

輝く証しのうちに信仰生活をおくる力を与えてくださいました。

またけがれなきみ母マリアのご保護のもとに

小さな人々の育成と援助に愛をもって生涯を捧げる恵みをも

お与えくださいました。

わたしたちは彼女をとおして示された

あなたの業に心から感謝いたします。

主よ、エリザベト・マリア北原怜子の取り次ぎによって、

あなたに真心をもって祈るわたしたちに、

言葉と行いの一致のうちに信仰を証ししてゆく力を与え、

あなたを求めるすべての人に信仰の光を与えてください。

また、いま信頼をもって祈る

わたしたちの願いをききいれてください。

わたしたちの主、イエス・キリストによって、アーメン。

 

 

第一朗読  サムエル記 上 18:6-919:1-7
(その日、)皆が戻り、あのペリシテ人を討ったダビデも帰って来ると、イスラエルのあらゆる町から女たちが出て来て、太鼓を打ち、喜びの声をあげ、三絃琴を奏で、歌い踊りながらサウル王を迎えた。女たちは楽を奏し、歌い交わした。「サウルは千を討ちダビデは万を討った。」サウルはこれを聞いて激怒し、悔しがって言った。「ダビデには万、わたしには千。あとは、王位を与えるだけか。」この日以来、サウルはダビデをねたみの目で見るようになった。
サウルは、息子のヨナタンと家臣の全員に、ダビデを殺すようにと命じた。しかし、サウルの息子ヨナタンはダビデに深い愛情を抱いていたので、ダビデにこのことを告げた。「わたしの父サウルはあなたを殺そうとねらっている。朝になったら注意して隠れ場にとどまり、見つからないようにしていなさい。あなたのいる野原にわたしは出て行って父の傍らに立ち、あなたについて父に話してみる。様子を見て、あなたに知らせよう。」
ヨナタンは父サウルにダビデをかばって話した。「王がその僕であるダビデのゆえに、罪を犯したりなさいませんように。彼は父上に対して罪を犯していないばかりか、大変お役に立っているのです。彼が自分の命をかけてあのペリシテ人を討ったから、主はイスラエルの全軍に大勝利をお与えになったのです。あなたはそれを見て、喜び祝われたではありませんか。なぜ、罪なき者の血を流し、理由もなくダビデを殺して、罪を犯そうとなさるのですか。」サウルはヨナタンの言葉を聞き入れて誓った。「主は生きておられる。彼を殺しはしない。」ヨナタンはダビデを呼んで、これをすべて彼に告げた。ヨナタンはサウルのもとにダビデを連れて行き、ダビデはこれまでどおりサウルに仕えることになった。

福音朗読  マルコによる福音書 3:7-12
(そのとき、)イエスは弟子たちと共に湖の方へ立ち去られた。ガリラヤから来たおびただしい群衆が従った。また、ユダヤ、エルサレム、イドマヤ、ヨルダン川の向こう側、ティルスやシドンの辺りからもおびただしい群衆が、イエスのしておられることを残らず聞いて、そばに集まって来た。そこで、イエスは弟子たちに小舟を用意してほしいと言われた。群衆に押しつぶされないためである。イエスが多くの病人をいやされたので、病気に悩む人たちが皆、イエスに触れようとして、そばに押し寄せたからであった。汚れた霊どもは、イエスを見るとひれ伏して、「あなたは神の子だ」と叫んだ。イエスは、自分のことを言いふらさないようにと霊どもを厳しく戒められた。

 

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私たちを悩ませる嫉妬が聖書の中ではこのように深い意味を持って語られていることを初めて知ることができました。 またエリザベト.マリア 北原怜子という方の信仰と行動についてを知る機会を与えていただきました。

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