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2020年1月 7日 (火)

スプランクニゾマイ

降誕節火曜日(主の公現後)朝ミサ説教

2020年1月7日(火)、本郷教会

 

今日のマルコの福音は、有名な「五つのパンと二匹の魚」の奇跡の話であります。

イエスの周りに集まった群衆を見て、イエスは「飼い主のいない羊のような有様を深く憐れみ、いろいろと教え始められた。」とマルコは述べています。

この「深く憐れみ」という言葉は、「内臓」という言葉に由来しています。

「内臓」というのは、ギリシア語のスプラングノンδπλάγχνονという言葉で、深く憐れみという動詞はスプラングニゾマイσπλαγχνίζομαιと言います。

ある人は「はらわたする」という日本語にしています。

 

教皇フランシスコが「いつくしみの特別聖年」という一年を宣言したことを思い起こしてください。

神は慈しみ深いかたであるということを深く味わう一年とするようにと言われました。

神の慈しみは、苦しんでいる人 悩んでいる人に対する深い慈しみとして現れました。

そしてその神の慈しみを完全に体現した人間として実現したかたが、ナザレのイエスという人であります。

 

今日のヨハネの手紙が言っておりますが、「神は愛である」

神はまず人間を愛することによって、神の愛を示されました。

人が先に神を愛したのではなくて、神が先に人間を愛してくださったことによって、わたくしたちは愛するということを学んだのであります。

 

 

第一朗読  ヨハネの手紙 一 4:7-10
愛する者たち、互いに愛し合いましょう。愛は神から出るもので、愛する者は皆、神から生まれ、神を知っているからです。愛することのない者は神を知りません。神は愛だからです。神は、独り子を世にお遣わしになりました。その方によって、わたしたちが生きるようになるためです。ここに、神の愛がわたしたちの内に示されました。わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛して、わたしたちの罪を償ういけにえとして、御子をお遣わしになりました。ここに愛があります。

福音朗読  マルコによる福音書 6:34-44
(
そのとき、イエスは)大勢の群衆を見て、飼い主のいない羊のような有様を深く憐れみ、いろいろと教え始められた。そのうち、時もだいぶたったので、弟子たちがイエスのそばに来て言った。「ここは人里離れた所で、時間もだいぶたちました。人々を解散させてください。そうすれば、自分で周りの里や村へ、何か食べる物を買いに行くでしょう。」これに対してイエスは、「あなたがたが彼らに食べ物を与えなさい」とお答えになった。弟子たちは、「わたしたちが二百デナリオンものパンを買って来て、みんなに食べさせるのですか」と言った。イエスは言われた。「パンは幾つあるのか。見て来なさい。」弟子たちは確かめて来て、言った。

「五つあります。それに魚が二匹です。」そこで、イエスは弟子たちに、皆を組に分けて、青草の上に座らせるようにお命じになった。人々は、百人、五十人ずつまとまって腰を下ろした。イエスは五つのパンと二匹の魚を取り、天を仰いで賛美の祈りを唱え、パンを裂いて、弟子たちに渡しては配らせ、二匹の魚も皆に分配された。すべての人が食べて満腹した。そして、パンの屑と魚の残りを集めると、十二の籠にいっぱいになった。パンを食べた人は男が五千人であった。

 

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