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2020年1月16日 (木)

既定の病

年間第一木曜日 ミサ説教

2020116()、本郷教会

今日のマタイによる福音は、重い皮膚病の人をイエスがいやされたという話です。

110日の福音も同じような内容でありました。

主の公現後金曜日のルカによる福音であります。

マタイ・マルコ・ルカは共観福音書と言われていて、共通する内容を多く記載しており、並行箇所と言われています。

繰り返しお話しする必要はないと思いますが、「重い皮膚病」という翻訳が妥当であるかということは未だ議論されている。

もともとは、ライ病と訳されていた。

しかし日本でもライ予防法(1953-1996)という法律が廃止され、ライ病者と呼ぶことは差別につながるということになり、ハンセン病という呼称も採用されましたが、新共同訳の聖書では、現在のところ「重い皮膚病」となっている。

新共同訳は刊行からほぼ三十年経過しているので、新しい翻訳が必要であるということになり、聖書協会は先日新しい翻訳を発表、出版しました。

そこでは「規定の病(きていのやまい)」という翻訳になっています。

レビ記で規定されている病という意味です。

ツァーラアトという言葉が原文(ヘブライ語)ですが、旧約聖書のレビ記(レビ13:2-46)で規定されている皮膚病という意味で規定の病としたのですが、それについても異論がある。

旧約聖書だけではありませんが、聖書の翻訳は難しい。

今日の福音から注目すべきもう一つの点は、イエスがいやされた人にむかって厳しく注意していわれた言葉です。

「だれにも、何も話さないように気をつけなさい。ただ行って祭司に体を見せ、モーセが定めたものを清めのために献げて、人々に証明しなさい。」

重い皮膚病を被っていた苦しみは、肉体上の苦しみよりもむしろ社会的な苦しみ、人びとから蔑視され、疎外され、排除されるという苦しみでした。

いやされたということを祭司に証明してもらえれば、社会復帰ができるのであります。

「だれにも、何も話さないように」となぜイエスは言われたのでしょうか。

当時、この病気に罹っていた人は非常に多かったと思われる。

噂を聞いて、数えきれない人がイエスのところに押し寄せてくるようになったでしょう。

それを恐れてのことでしょうか。

イエスが述べた福音は神の国の福音であります。

難病がいやされるということだけに人びとの注意が集中して、神の国の到来ということに人びとの心が向かないようになるということを恐れてのことでしょうか。

「メシアの秘密」という言葉があって、「メシアの秘密」とは何であるのかということが論議されてきました。

 

第一朗読  サムエル記 上 4:1b-11
(その日、)イスラエルはペリシテに向かって出撃し、エベン・エゼルに陣を敷いた。一方、ペリシテ軍はアフェクに陣を敷き、イスラエル軍に向かって戦列を整えた。戦いは広がり、イスラエル軍はペリシテ軍に打ち負かされて、この野戦でおよそ四千の兵士が討ち死にした。兵士たちが陣営に戻ると、イスラエルの長老たちは言った。「なぜ主は今日、我々がペリシテ軍によって打ち負かされるままにされたのか。主の契約の箱をシロから我々のもとに運んで来よう。そうすれば、主が我々のただ中に来て、敵の手から救ってくださるだろう。」

兵士たちはシロに人をやって、ケルビムの上に座しておられる万軍の主の契約の箱を、そこから担いで来させた。エリの二人の息子ホフニとピネハスも神の契約の箱に従って来た。主の契約の箱が陣営に到着すると、イスラエルの全軍が大歓声をあげたので、地がどよめいた。ペリシテ軍は歓声を聞いて言った。「ヘブライ人の陣営にどよめくあの大歓声は何だろう。」そして、主の箱がイスラエル軍の陣営に到着したと知ると、ペリシテ軍は、神がイスラエル軍の陣営に来たと言い合い、恐れて言った。「大変だ。このようなことはついぞなかったことだ。大変なことになった。あの強力な神の手から我々を救える者があろうか。あの神は荒れ野でさまざまな災いを与えてエジプトを撃った神だ。ペリシテ人よ、雄々しく男らしくあれ。さもなければ、ヘブライ人があなたたちに仕えていたように、あなたたちが彼らに仕えることになる。男らしく彼らと戦え。」
こうしてペリシテ軍は戦い、イスラエル軍は打ち負かされて、それぞれの天幕に逃げ帰った。打撃は非常に大きく、イスラエルの歩兵三万人が倒れた。神の箱は奪われ、エリの二人の息子ホフニとピネハスは死んだ。

 

 

福音朗読  マルコによる福音書 1:40-45
(そのとき、)重い皮膚病を患っている人が、イエスのところに来てひざまずいて願い、「御心ならば、わたしを清くすることがおできになります」と言った。イエスが深く憐れんで、手を差し伸べてその人に触れ、「よろしい。清くなれ」と言われると、たちまち重い皮膚病は去り、その人は清くなった。イエスはすぐにその人を立ち去らせようとし、厳しく注意して、言われた。「だれにも、何も話さないように気をつけなさい。ただ、行って祭司に体を見せ、モーセが定めたものを清めのために献げて、人々に証明しなさい。」しかし、彼はそこを立ち去ると、大いにこの出来事を人々に告げ、言い広め始めた。それで、イエスはもはや公然と町に入ることができず、町の外の人のいない所におられた。それでも、人々は四方からイエスのところに集まって来た。

 

 

 

 

 

 

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コメント

サムエル記とマルコによる福音書を読んでからお説教を拝読すると聖書に知識のない私にも理解できるように思います。

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