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2020年1月17日 (金)

イスラエルの王制の始まり

年間第一金曜日 聖アントニオ修道院長記念日 ミサ説教

2020年1月17日(金)、本郷教会

 

今日のサムエル記は、王制の起源について述べています。

イスラエルには、もともと王という存在はありませんでした。

周囲の部族はそれぞれ王と呼ばれる人を戴いていた。

しかしイスラエルの民の王は主であると考えられていたので、王の存在を必要としてきませんでした。

しかし今日のサムエル記が告げているように、人びとはどうしても王が必要だとサムエルに訴えたのであります。

サムエルは、王の存在はよくないと考えておりました。

しかし民の強い要求に屈し、それを主に申し上げると、主は民の要求を聞き入れることに同意されたのであります。

「サムエルは民の言葉をことごとく聞き、主の耳に入れた。主はサムエルに言われた。

『彼らの声に従い、彼らに王を立てなさい。』」

 

王の権能がどういうことであるかということが、今日の朗読で具体的に告げられています。

これを聞くと、王制というものに対してイスラエルの歴史は否定的であったと思われる。

サムエルはまずサウルという人に油を注いで王とした。

以後の歴史は御承知の通り、サウルが退けられてダビデが王となり、ダビデのあとはソロモン、ソロモンのあとはイスラエルとユダの二つの国に分裂し、それぞれの国は滅亡の道を辿ることとなります。

歴代の王のほとんど全員が、「主の目には悪とされることを行った」という評価を得ている人たちでありました。

 

「王であるキリスト」(典礼歴最後の主日)という日があります。

イエス・キリストは神がおのぞみになる王、神の御心をおこなう王として来られたのであります。

 

さて、今日の福音はイエスが中風(ちゅうぶ)の人をいやされたという話です。

病気のいやしと罪の赦しということの関係がどうなっているのか。あるのかないのか。

いやすということと、罪を赦すということは、どういうことになるのか,

ということを考えために非常に重要な箇所であると思います。

―――

第一朗読  サムエル記 上 8:4-7、10-22a
(その日、)イスラエルの長老は全員集まり、ラマのサムエルのもとに来て、彼に申し入れた。「あなたは既に年を取られ、息子たちはあなたの道を歩んでいません。今こそ、ほかのすべての国々のように、我々のために裁きを行う王を立ててください。」裁きを行う王を与えよとの彼らの言い分は、サムエルの目には悪と映った。そこでサムエルは主に祈った。主はサムエルに言われた。「民があなたに言うままに、彼らの声に従うがよい。彼らが退けたのはあなたではない。彼らの上にわたしが王として君臨することを退けているのだ。」
サムエルは王を要求する民に、主の言葉をことごとく伝えた。彼はこう告げた。「あなたたちの上に君臨する王の権能は次のとおりである。まず、あなたたちの息子を徴用する。それは、戦車兵や騎兵にして王の戦車の前を走らせ、千人隊の長、五十人隊の長として任命し、王のための耕作や刈り入れに従事させ、あるいは武器や戦車の用具を造らせるためである。
また、あなたたちの娘を徴用し、香料作り、料理女、パン焼き女にする。
また、あなたたちの最上の畑、ぶどう畑、オリーブ畑を没収し、家臣に分け与える。
また、あなたたちの穀物とぶどうの十分の一を徴収し、重臣や家臣に分け与える。
あなたたちの奴隷、女奴隷、若者のうちのすぐれた者や、ろばを徴用し、王のために働かせる。また、あなたたちの羊の十分の一を徴収する。こうして、あなたたちは王の奴隷となる。その日あなたたちは、自分が選んだ王のゆえに、泣き叫ぶ。しかし、主はその日、あなたたちに答えてはくださらない。」
民はサムエルの声に聞き従おうとせず、言い張った。「いいえ。我々にはどうしても王が必要なのです。我々もまた、他のすべての国民と同じようになり、王が裁きを行い、王が陣頭に立って進み、我々の戦いをたたかうのです。」サムエルは民の言葉をことごとく聞き、主の耳に入れた。主はサムエルに言われた。「彼らの声に従い、彼らに王を立てなさい。」

福音朗読  マルコによる福音書 2:1-12
数日後、イエスが再びカファルナウムに来られると、家におられることが知れ渡り、大勢の人が集まったので、戸口の辺りまですきまもないほどになった。イエスが御言葉を語っておられると、四人の男が中風の人を運んで来た。しかし、群衆に阻まれて、イエスのもとに連れて行くことができなかったので、イエスがおられる辺りの屋根をはがして穴をあけ、病人の寝ている床をつり降ろした。イエスはその人たちの信仰を見て、中風の人に、「子よ、あなたの罪は赦される」と言われた。ところが、そこに律法学者が数人座っていて、心の中であれこれと考えた。「この人は、なぜこういうことを口にするのか。神を冒涜している。神おひとりのほかに、いったいだれが、罪を赦すことができるだろうか。」イエスは、彼らが心の中で考えていることを、御自分の霊の力ですぐに知って言われた。「なぜ、そんな考えを心に抱くのか。中風の人に『あなたの罪は赦される』と言うのと、『起きて、床を担いで歩け』と言うのと、どちらが易しいか。人の子が地上で罪を赦す権威を持っていることを知らせよう。」そして、中風の人に言われた。「わたしはあなたに言う。起き上がり、床を担いで家に帰りなさい。」その人は起き上がり、すぐに床を担いで、皆の見ている前を出て行った。人々は皆驚き、「このようなことは、今まで見たことがない」と言って、神を賛美した。

 

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