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2020年2月12日 (水)

思いの罪

年間第五水曜日 ミサ説教
2020年2月12日(水)、本郷教会

「人の中から出てくるものが、人を汚すのである。」とイエスは言われました。
「中から」とは、人間の心のことを指している。
「人間の心から出る、悪い思いが人を汚す」と言われました。
人間の心には、良い思いと悪い思いの両方が棲んでいると言えましょうか。
確かに人間の心の中には、今日列挙されているような悪い思いがあります。
パウロのガラテア書の中では、肉の業と聖霊の実りという言葉で、人間の心を支配している良い思いと悪い思いのことが告げられています。
良い思いとは聖霊の実りであり、「愛、喜び、平和、寛容、親切、善意、誠実、柔和、節制」(ガラ5:22)であるとパウロは言っています。

ミサの開祭のとき、わたくしたちは毎回罪の赦しを願う祈りを唱えています。
「わたしは、思い、ことば、行い、怠りによってたびたび罪を犯しました。」
「思いによって罪を犯す」、思いというものは、それ自身は見えませんが、思いによる行動は人にも分かるのであります。
山上の説教で、イエスは憎しみや姦淫などの心の思いを厳しく指摘しています。

一つ思い出すことがあります。
若い頃、函館の男子修道会シトー会でしばらく祈りの生活をさせていただいたことがありました。
「ゆるしの秘跡」を受けた時の司祭の訓戒の言葉が思い出されます。
「人間は思いによっても罪を犯す。しかし人間は弱いので神さまは赦してくださる。
天使が思いによって罪を犯したならば、即悪魔に変えられてしまう。」
悔い改める余裕がなかったという意味でしょうか。
思っただけで即結果が出る。
わたくしたちは思いの中で揺れ動いていて、最終的な決定、最終的な決断というのは、おそらく死の時まで延ばされているのだろうと思います。

第一朗読  列王記 上 10:1-10
(その日、)シェバの女王は主の御名によるソロモンの名声を聞き、難問をもって彼を試そうとしてやって来た。彼女は極めて大勢の随員を伴い、香料、非常に多くの金、宝石をらくだに積んでエルサレムに来た。ソロモンのところに来ると、彼女はあらかじめ考えておいたすべての質問を浴びせたが、ソロモンはそのすべてに解答を与えた。王に分からない事、答えられない事は何一つなかった。
シェバの女王は、ソロモンの知恵と彼の建てた宮殿を目の当たりにし、また食卓の料理、居並ぶ彼の家臣、丁重にもてなす給仕たちとその装い、献酌官、それに王が主の神殿でささげる焼き尽くす献げ物を見て、息も止まるような思いであった。
女王は王に言った。「わたしが国で、あなたの御事績とあなたのお知恵について聞いていたことは、本当のことでした。わたしは、ここに来て、自分の目で見るまでは、そのことを信じてはいませんでした。しかし、わたしに知らされていたことはその半分にも及ばず、お知恵と富はうわさに聞いていたことをはるかに超えています。あなたの臣民はなんと幸せなことでしょう。いつもあなたの前に立ってあなたのお知恵に接している家臣たちはなんと幸せなことでしょう。あなたをイスラエルの王位につけることをお望みになったあなたの神、主はたたえられますように。主はとこしえにイスラエルを愛し、あなたを王とし、公正と正義を行わせられるからです。」
彼女は金百二十キカル、非常に多くの香料、宝石を王に贈ったが、このシェバの女王がソロモン王に贈ったほど多くの香料は二度と入って来なかった。
福音朗読  マルコによる福音書 7:14-23
(そのとき、)イエスは再び群衆を呼び寄せて言われた。「皆、わたしの言うことを聞いて悟りなさい。外から人の体に入るもので人を汚すことができるものは何もなく、人の中から出て来るものが、人を汚すのである。」†イエスが群衆と別れて家に入られると、弟子たちはこのたとえについて尋ねた。イエスは言われた。「あなたがたも、そんなに物分かりが悪いのか。すべて外から人の体に入るものは、人を汚すことができないことが分からないのか。それは人の心の中に入るのではなく、腹の中に入り、そして外に出される。こうして、すべての食べ物は清められる。」更に、次のように言われた。「人から出て来るものこそ、人を汚す。中から、つまり人間の心から、悪い思いが出て来るからである。みだらな行い、盗み、殺意、姦淫、貪欲、悪意、詐欺、好色、ねたみ、悪口、傲慢、無分別など、これらの悪はみな中から出て来て、人を汚すのである。」

 

 

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コメント

「人は思いによって罪を犯す」 とは衝撃を感じる言葉です。福音書の中でイエスが弟子たちに、悪い思いは人間の心からでてきて人を汚す、と語って悪い思いを列挙していますが、とても現実的で驚きます。お説教の中で、良い思いとは聖霊の実りであり、愛、喜び、平和、寛容、親切、善意、誠実、柔和、節制である。「わたしたちは思いの中で揺れ動いていて、最終的な決定、最終的な決断というのは、おそらく死のときまで延ばされているのだろうと思います」 とおっしゃっているところを何度も拝読いたしました。

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