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2020年2月 3日 (月)

多くの悪霊に憑りつかれた男が癒された!

 福者ユスト高山右近殉教者記念日 ミサ説教

2020年2月3日(月)、本郷教会

 

今日の第一朗読「サムエル記」の朗読に出てくるダビデという人は、歴代の中で最も高い評価を得た王でありますが、彼とても悲劇を免れることはできませんでした。

自分の息子アブサロムに背かれて、エルサレムから逃れて行かなければならなかった事情が述べられています。

そのダビデは、前任者サウルの遺族と関係者から呪いを受けなければならなかったということも書かれています。

 さて、今日の「マルコによる福音」では、ゲラサ人の地方で、イエスが汚れた霊に取りつかれた人から霊を追い出した話の次第が述べられています。

かなり詳しい描写が見られます。

この人は墓場に住んでいた。人びとは彼を鎖や足枷で拘束しようとしたが、物凄い力で鎖を引きちぎり、足枷を砕いてしまう。そして昼も夜も墓場や山で大声を出し、石で自分を打ちたたいていた。

まことに恐ろしい気持ちの悪い風景であります。

しかしイエスに出会い、イエスが「汚れた霊、この人から出て行け」言われると、彼は正気に戻った。

汚れた霊はレギオン(軍団の意)と名乗ります。おびただしい数の悪霊が、この男に取りついていたと考えられていました。

悪霊から解放されて、男は正気に戻り、服装を整え、しっかりと座っていたのであります。

イエスはその人に向かって、「自分の家に帰りなさい。そして身内の人に、主があなたを憐れみ、あなたにしてくださったことをことごとく知らせない。」と言われました。

今までの福音書の「いやし」の物語では、イエスはいやされた人に、その出来事を人びとに言ってはならないと言われることが通常でした。

この場合は場所が異邦人の地だからなのでしょうか、あるいは特別なケースだったからでしょうか、「あなたが受けた恵みを人びとにことごとく知らせなさい」と言われたのでありました。

このいやされた人は、イエスに着いて行きたいと願ったのですが、自分の家に帰って周りの人に自分の物語を告げ知らせなさいと言われた。

わたくしたちの今日の考えかたで言えば、これこそ正に福音宣教であります。

このゲラサの人のいやしは非常に印象的です。

墓場に拘束されていた人の恐ろしい様子、解放された後の清々しい様子の間に著しいコントラストが見られます。

人びとはこの出来事を見て大いに喜んだかというと、そうでもない。

「イエスにその地方から出て行ってもらいたいと言いだした。」とあります。

なぜでしょうか。

よく分かりませんが、豚二千匹ほどが湖で溺れ死んだと書いてありますので、経済損失を動機にしているのかもしれない。あるいは、このいやしということ自体が彼らには受け入れ難いことであり、自分たちがこの悪霊に取りつかれた人に対して、今までしてきたこと、取っていた態度をどう考えるのか、どうしたら良かったのかということの責任を問われたと思ったのではないかとも思う。

今日の話はかなり極端です。現代の日本において、このような凄まじい風景は見られないでしょう。しかし本質的に同じようなことがあるのではないかと思うのであります。

 ――

 第一朗読  サムエル記 下 15:13-14、30、16:5-13a
(その日、)イスラエル人の心はアブサロムに移っているという知らせが、ダビデに届いた。ダビデは、自分と共にエルサレムにいる家臣全員に言った。「直ちに逃れよう。アブサロムを避けられなくなってはいけない。我々が急がなければ、アブサロムがすぐに我々に追いつき、危害を与え、この都を剣にかけるだろう。」
ダビデは頭を覆い、はだしでオリーブ山の坂道を泣きながら上って行った。同行した兵士たちも皆、それぞれ頭を覆い、泣きながら上って行った。ダビデ王がバフリムにさしかかると、そこからサウル家の一族の出で、ゲラの子、名をシムイという男が呪いながら出て来て、兵士、勇士が王の左右をすべて固めているにもかかわらず、ダビデ自身とダビデ王の家臣たち皆に石を投げつけた。シムイは呪ってこう言った。「出て行け、出て行け。流血の罪を犯した男、ならず者。サウル家のすべての血を流して王位を奪ったお前に、主は報復なさる。主がお前の息子アブサロムに王位を渡されたのだ。お前は災難を受けている。お前が流血の罪を犯した男だからだ。」
ツェルヤの子アビシャイが王に言った。「なぜあの死んだ犬に主君、王を呪わせておかれるのですか。行かせてください。首を切り落としてやります。」王は言った。「ツェルヤの息子たちよ、ほうっておいてくれ。主がダビデを呪えとお命じになったのであの男は呪っているのだろうから、『どうしてそんなことをするのか』と誰が言えよう。」ダビデは更にアビシャイと家臣の全員に言った。「わたしの身から出た子がわたしの命をねらっている。ましてこれはベニヤミン人だ。勝手にさせておけ。主の御命令で呪っているのだ。主がわたしの苦しみを御覧になり、今日の彼の呪いに代えて幸いを返してくださるかもしれない。」ダビデと一行は道を進んだ。

福音朗読  マルコによる福音書 5:1-20
(そのとき、イエスと弟子たちは、)湖の向こう岸にあるゲラサ人の地方に着いた。イエスが舟から上がられるとすぐに、汚れた霊に取りつかれた人が墓場からやって来た。この人は墓場を住まいとしており、もはやだれも、鎖を用いてさえつなぎとめておくことはできなかった。これまでにも度々足枷や鎖で縛られたが、鎖は引きちぎり足枷は砕いてしまい、だれも彼を縛っておくことはできなかったのである。彼は昼も夜も墓場や山で叫んだり、石で自分を打ちたたいたりしていた。イエスを遠くから見ると、走り寄ってひれ伏し、大声で叫んだ。「いと高き神の子イエス、かまわないでくれ。後生だから、苦しめないでほしい。」イエスが、「汚れた霊、この人から出て行け」と言われたからである。そこで、イエスが、「名は何というのか」とお尋ねになると、「名はレギオン。大勢だから」と言った。そして、自分たちをこの地方から追い出さないようにと、イエスにしきりに願った。
ところで、その辺りの山で豚の大群がえさをあさっていた。汚れた霊どもはイエスに、「豚の中に送り込み、乗り移らせてくれ」と願った。イエスがお許しになったので、汚れた霊どもは出て、豚の中に入った。すると、二千匹ほどの豚の群れが崖を下って湖になだれ込み、湖の中で次々とおぼれ死んだ。豚飼いたちは逃げ出し、町や村にこのことを知らせた。人々は何が起こったのかと見に来た。彼らはイエスのところに来ると、レギオンに取りつかれていた人が服を着、正気になって座っているのを見て、恐ろしくなった。成り行きを見ていた人たちは、悪霊に取りつかれた人の身に起こったことと豚のことを人々に語った。そこで、人々はイエスにその地方から出て行ってもらいたいと言いだした。イエスが舟に乗られると、悪霊に取りつかれていた人が、一緒に行きたいと願った。イエスはそれを許さないで、こう言われた。「自分の家に帰りなさい。そして身内の人に、主があなたを憐れみ、あなたにしてくださったことをことごとく知らせなさい。」その人は立ち去り、イエスが自分にしてくださったことをことごとくデカポリス地方に言い広め始めた。人々は皆驚いた。

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コメント

ダビデに起こったことと、ゲラサの人の癒しの記述は聖書の大切な部分だとわかりました。特にダビデの言葉が心を打ちます。「私の身から出た子が私の命を狙っている~~、勝手にさせておけ。主の命令で呪っているのだ。主が私の苦しみをご覧になり今日の彼の呪いに代えて幸いを返して下さるかもしれない。」 

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