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2020年2月17日 (月)

イエス、異邦人を癒す

年間第五木曜日 ミサ説教

2020年2月13日(木)、本郷教会

 

今日の福音はイエスがティルスという地方で、シリア・フェニキア生まれのギリシア人の女性の娘をいやしたという物語を伝えています。

この女性はイエスに「娘から悪霊を追い出してください」と頼みました。

その答えは意外にも非常に厳しい侮蔑的とも思われる言葉でありました。

新共同訳の聖書では、

「まず、子供たちに十分食べさせなければならない。子供たちのパンを取って、子犬にやってはいけない。」

調べてみますと、この言葉がイエスの真正な言葉であったか、あるいはマルコの福音記者が後から付け加えた言葉であるのか、よく分からないそうであります。

しかし、マルコの福音が書かれた時には、このような表現が成立していたのである。

ユダヤ人から見れば、フェニキアにいるギリシア人は完全に異邦人であります。

その異邦人のことを、「子犬」という侮蔑的とも思われる言葉であらわしたわけです。

「子供たち」であるユダヤ人にはパン(恵み)を与えるが、「子犬」である異邦人には与えられないとイエスは思われたのでしょうか。

しかし、女性はイエスの否定的な言葉にめげないで答えます。

「主よ、しかし、食卓の下の子犬も、子供のパン屑はいただきます。」

マルコの福音でイエスのことを「主よ」と呼びかけているのは、この箇所だけだそうです。

ほかの福音書では珍しくないですが、マルコではこの箇所だけであります。

マルコの福音が最も古い成立であり、最初にできた福音書であることは確かであるので、非常に注目すべき箇所であるといえましょう。

『そこで、イエスは言われた。「それほど言うなら、よろしい。家に帰りなさい。悪霊は

あなたの娘からもう出てしまった。」』

このイエスの言葉を別の翻訳で読むと、こうなります。

「その言葉のゆえに、行くがよい。娘さんから霊は出ていった。」

「その言葉のゆえに」直訳ではそうなるのであります。

どのように受け取ったら良いのか、翻訳は苦労しております。

おそらく、イエスはこの時、ユダヤ人と異邦人の境を越えて、人びとに福音を宣べ伝えることをあらためて決意したのではないでしょうか。

それは「主よ」と呼びかけたこの女性の強い信仰に心を動かしたからであると思います。

出血症の女性をいやされた時にイエスは「娘よ、あなたの信仰があなたを救った。安心して行きなさい。」(マコ5:34)と言われました。

イエスの言葉をへりくだって受け入れ、「主よ、しかし、食卓の下の子犬も、子供のパン屑はいただきます。」と機知にとんだ答えをしたフェニキアの女性に、イエスは心を動かされたのではないだろうかと思います。

 

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コメント

フェニキア生まれのギリシア人とイエスとのやり取りには臨場感があり、自分に対する女性の信仰の気持ちを知ってイエスが言った言葉は印象的です。

フェニキア生まれのギリシア人とイエスとのやり取りには臨場感があり、自分に対する女性の信仰の気持ちを知ってイエスが言った言葉は印象的です。

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