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2020年2月18日 (火)

ファリサイ派のパン種に気をつけなさい

年間第6火曜日ミサ説教

 2020年2月18日、本郷教会

第一朗読は使徒ヤコブの手紙です。

ヤコブは「神は決して人を誘惑することはない」とはっきりと言っています。誘惑することはありませんが試練に遭わせることはあります。人が罪をおかすのは「それぞれ、自分自身の欲望に引かれ、唆されて、誘惑に陥る」からです。

今日の福音ではイエスは「ファリサイ派の人々のパン種とヘロデのパン種によく気をつけなさい」と戒められました。このイエスの言葉を弟子たちは悟ることが出来ませんでした。パンを持ってくることを自分たちが忘れたことをイエスが言っているのだと考えたのです。これは、イエスがパンを増やす奇跡を二度も行った後のことでした。イエスは弟子たちの無理解に対して彼らをやさしく諭しています。わたしが何千二もの人を養うパンの奇跡をおこなったことをあなたがたは知っているでしょう。わたしが言っているのはパンのことではない。イエスは、パリサイ派の人々、そしてヘロデ王(その周りの人々)のこと、その生き方の事を言っています。この人々はしばしばイエスと敵対しました。パリサイ派の人々の偽善、ヘロデの権力欲と誤った支配についてイエスは言っています。少数の人が全体に悪い影響を与え腐敗させることがあります。わたしたちは神の国のパンだねとして全体を神の国に変えていく小さな存在であるのです。神はわたしたちを通して世界を神の御心が行われる民の共同体に変えてくださるののだと信じ希望しています。

 

第一朗読  ヤコブの手紙 1:12-18
試練を耐え忍ぶ人は幸いです。その人は適格者と認められ、神を愛する人々に約束された命の冠をいただくからです。誘惑に遭うとき、だれも、「神に誘惑されている」と言ってはなりません。神は、悪の誘惑を受けるような方ではなく、また、御自分でも人を誘惑したりなさらないからです。むしろ、人はそれぞれ、自分自身の欲望に引かれ、唆されて、誘惑に陥るのです。そして、欲望ははらんで罪を生み、罪が熟して死を生みます。わたしの愛する兄弟たち、思い違いをしてはいけません。良い贈り物、完全な賜物はみな、上から、光の源である御父から来るのです。御父には、移り変わりも、天体の動きにつれて生ずる陰もありません。御父は、御心のままに、真理の言葉によってわたしたちを生んでくださいました。それは、わたしたちを、いわば造られたものの初穂となさるためです。

 

福音朗読  マルコによる福音書 8:14-21
(そのとき、)弟子たちはパンを持って来るのを忘れ、舟の中には一つのパンしか持ち合わせていなかった。そのとき、イエスは、「ファリサイ派の人々のパン種とヘロデのパン種によく気をつけなさい」と戒められた。弟子たちは、これは自分たちがパンを持っていないからなのだ、と論じ合っていた。イエスはそれに気づいて言われた。「なぜ、パンを持っていないことで議論するのか。まだ、分からないのか。悟らないのか。心がかたくなになっているのか。目があっても見えないのか。耳があっても聞こえないのか。覚えていないのか。わたしが五千人に五つのパンを裂いたとき、集めたパンの屑でいっぱいになった籠は、幾つあったか。」弟子たちは、「十二です」と言った。「七つのパンを四千人に裂いたときには、集めたパンの屑でいっぱいになった籠は、幾つあったか。」「七つです」と言うと、イエスは、「まだ悟らないのか」と言われた。

 

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コメント

ヤコブの手紙とマルコによる福音書は難しいと思いました。

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