無料ブログはココログ

« 日本二十六聖人聖人殉教者 | トップページ | 善と悪の間を揺れ動くヘロデの心 »

2020年2月 6日 (木)

イエスは二人ずつ組みにして派遣した

聖アガタおとめ殉教者記念日 ミサ説教

2020年2月6日(木)、本郷教会

 アガタというおとめ殉教者は、三世紀の人で、シチリア島のカタロニアで殉教したと伝えられています。ローマ典礼の第一奉献文に出てくるお名前です。

第一朗読は、ダビデが息子ソロモンに遺言をのこす場面であります。

「モーセの律法に記されているとおり、主の掟と戒めと法と定めを守れ。」

「掟」と「戒め」と「法」と「定め」とは要するに「律法」であります。「律法」を守りなさいと遺言した。

ソロモンは晩年、モーセの律法から大きく逸れてしまったわけであります。

 「マルコによる福音」は十二人の派遣の場面です。

このイエスの言葉を現代のわたくしたちは、どのように受け取ることができるでしょうか。

なかには原理主義的にイエスの言葉に従うような人たちもいるようですが、文字通りに実行することは難しいわけであります。

軽装備といいますか、「杖一本のほか何も持たず」に行くようにと言われました。

わたくしたちはあまりにも多くの物を持ちすぎているような気がいたします。

ただひたすら、神の力に信頼して宣教しなさいという意味ではないかと思う。

何のために宣教するのか。

宣教という言葉は、ミサの起源となっている「ミッシオmissioラテン語で派遣の意」であります。

悔い改めさせるため、悪霊を追い出し、油を塗って多くの病人をいやすためである、とされています。こんにちの教会は、復活したイエスから命じられて宣教しているというところが、今日の福音との大きな相違であります。

しかし、基本的にわたくしたちの宣教は派遣されたものであり、悔い改めの福音、悪霊の追放をどう考えるか、悪とのたたかい、そして心と身体を病んでいる人を助けるということがわたくしたちの為すべきことでありましょう。

 

第一朗読  列王記 上 2:1-4、10-12
福音朗読  マルコによる福音書 6:7-13
(そのとき、イエスは)十二人を呼び寄せ、二人ずつ組にして遣わすことにされた。その際、汚れた霊に対する権能を授け、旅には杖一本のほか何も持たず、パンも、袋も、また帯の中に金も持たず、ただ履物は履くように、そして「下着は二枚着てはならない」と命じられた。また、こうも言われた。「どこでも、ある家に入ったら、その土地から旅立つときまで、その家にとどまりなさい。しかし、あなたがたを迎え入れず、あなたがたに耳を傾けようともしない所があったら、そこを出ていくとき、彼らへの証しとして足の裏の埃を払い落としなさい。」十二人は出かけて行って、悔い改めさせるために宣教した。そして、多くの悪霊を追い出し、油を塗って多くの病人をいやした。

 

« 日本二十六聖人聖人殉教者 | トップページ | 善と悪の間を揺れ動くヘロデの心 »

ミサ説教」カテゴリの記事

コメント

聖人アガタの殉教について初めて知り、日本の26聖人の殉教と重ねて、信じるということを自分なりに考えました。神の力を信頼すること。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 日本二十六聖人聖人殉教者 | トップページ | 善と悪の間を揺れ動くヘロデの心 »

最近のトラックバック

2020年2月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29