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2020年3月30日 (月)

わたしはある

331日 四旬節第5火曜日

モーセに現れた神は「わたしはある」という名前だ、と啓示した。「わたしはある」は単に存在するという意味ではなく、力をもっていつでもどこでも働いている神である、神の力は何時も強く働いている、ということを意味する。イエスはこの神といつも一致していることを宣言したがそれを信じない人がいた。イエスはいつも父のみ旨を行う。イエスを見た者は父を見た、と宣言する。

イスラエルの人は荒れ野で神はどこにいるのかと疑い嘆き逆らう。この民の心は現代のわれわれに通じる。神はどこにいるのか?

神の不在、神の沈黙。イエスの叫び、十字架上での「エリ、エリ、サバクタニ」もその気持ちに通じる。イエスはそれでも最後を父にゆだねて死ぬ。

 

第一朗読  民数記 21:4-9
(その日、イスラエルの民は)ホル山を旅立ち、エドムの領土を迂回し、葦の海の道を通って行った。しかし、民は途中で耐えきれなくなって、神とモーセに逆らって言った。「なぜ、我々をエジプトから導き上ったのですか。荒れ野で死なせるためですか。パンも水もなく、こんな粗末な食物では、気力もうせてしまいます。」主は炎の蛇を民に向かって送られた。蛇は民をかみ、イスラエルの民の中から多くの死者が出た。民はモーセのもとに来て言った。「わたしたちは主とあなたを非難して、罪を犯しました。主に祈って、わたしたちから蛇を取り除いてください。」モーセは民のために主に祈った。主はモーセに言われた。「あなたは炎の蛇を造り、旗竿の先に掲げよ。蛇にかまれた者がそれを見上げれば、命を得る。」モーセは青銅で一つの蛇を造り、旗竿の先に掲げた。蛇が人をかんでも、その人が青銅の蛇を仰ぐと、命を得た。

福音朗読  ヨハネによる福音書 8:21-30
(そのとき、イエスは、ファリサイ派の人々に言われた。)「わたしは去って行く。あなたたちはわたしを捜すだろう。だが、あなたたちは自分の罪のうちに死ぬことになる。わたしの行く所に、あなたたちは来ることができない。」ユダヤ人たちが、「『わたしの行く所に、あなたたちは来ることができない』と言っているが、自殺でもするつもりなのだろうか」と話していると、イエスは彼らに言われた。「あなたたちは下のものに属しているが、わたしは上のものに属している。あなたたちはこの世に属しているが、わたしはこの世に属していない。だから、あなたたちは自分の罪のうちに死ぬことになると、わたしは言ったのである。『わたしはある』ということを信じないならば、あなたたちは自分の罪のうちに死ぬことになる。」彼らが、「あなたは、いったい、どなたですか」と言うと、イエスは言われた。「それは初めから話しているではないか。あなたたちについては、言うべきこと、裁くべきことがたくさんある。しかし、わたしをお遣わしになった方は真実であり、わたしはその方から聞いたことを、世に向かって話している。」彼らは、イエスが御父について話しておられることを悟らなかった。そこで、イエスは言われた。「あなたたちは、人の子を上げたときに初めて、『わたしはある』ということ、また、わたしが、自分勝手には何もせず、ただ、父に教えられたとおりに話していることが分かるだろう。わたしをお遣わしになった方は、わたしと共にいてくださる。わたしをひとりにしてはおかれない。わたしは、いつもこの方の御心に適うことを行うからである。」これらのことを語られたとき、多くの人々がイエスを信じた。

 

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コメント

民数記で、荒れ野で苦しむイスラエルの民、その中で神に助けを求めるモーセの祈り、神からの炎の蛇、ヨハネの福音書でのファリサイ派の人々にイエスが語ったことばなど、聖書の内容やことばにはむづかしいところもありますが、はじめにお説教で導いていただきましたので理解できたように思います。このところの引きこもりの毎日ですが、こうして導いていただきまして、本当にありがとうございます。

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