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2020年3月 8日 (日)

キリストに聞く

四旬節第2主日A年、202038日のミサの福音と聖書朗読より

           本郷教会

 

コロナウイルス禍のため本日小教区公開ミサ中止という状況の中、本日の朗読を読んで何を思うか、次に述べる。

『主の御変容』。レオ教皇は言う。来るべき受難・十字架の出来事に遭遇する弟子たちの信仰の動揺に備えるために主イエスが配慮した出来事。イエスは旧約の完成であることをあらかじめ教えるため。

「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者。これに聞け」という声が雲の中から聞こえた。

一か所選ぶとすればこの箇所。現在のわたしたちはどのようにしてイエスに聞くことが出来るか。今は復活―聖霊降臨後の教会の時代。聞くとしたら聖霊の声に聞くということになる。聖霊はどのように語るか。聖霊を聞く心の準備があるだろうか。心の清い人は幸い。わたしたちの心は執着・私心・エゴを去った醇な心になっているだろうか。聖書を分かち合うことが最善の方法だろうと思われる。聖書を通して聖霊はすべての人に語る。人の話を聞くことは聖霊に聞くことに通じる。

教会に聞くことに聖霊に聞くことになる。しかし、「教会子ら」が間違えないわけではない。聖ヨハネ・パウロ二世は《紀元二千年の到来》で第三の千年紀を迎えるに際し反省を促した。それは主として、キリスト者の分裂と抗争、他宗派・他宗教への不寛容と暴力、全体主義政権による人権侵害黙認という過ちであったと思われる。

今・キリストに聞く。キリストは何を語るのか。わたしは世の終わりまであなたがたと共にいると主キリストは言われた。

 

第一朗読  創世記 12:1-4a
(その日、)主はアブラムに言われた。「あなたは生まれ故郷父の家を離れてわたしが示す地に行きなさい。わたしはあなたを大いなる国民にしあなたを祝福し、あなたの名を高める祝福の源となるように。あなたを祝福する人をわたしは祝福しあなたを呪う者をわたしは呪う。地上の氏族はすべてあなたによって祝福に入る。」アブラムは、主の言葉に従って旅立った。

第二朗読  テモテへの手紙 二 1:8b-10
(愛する者よ、)神の力に支えられて、福音のためにわたしと共に苦しみを忍んでください。神がわたしたちを救い、聖なる招きによって呼び出してくださったのは、わたしたちの行いによるのではなく、御自身の計画と恵みによるのです。この恵みは、永遠の昔にキリスト・イエスにおいてわたしたちのために与えられ、今や、わたしたちの救い主キリスト・イエスの出現によって明らかにされたものです。キリストは死を滅ぼし、福音を通して不滅の命を現してくださいました。

福音朗読  マタイによる福音書 17:1-9
(そのとき、)イエスは、ペトロ、それにヤコブとその兄弟ヨハネだけを連れて、高い山に登られた。イエスの姿が彼らの目の前で変わり、顔は太陽のように輝き、服は光のように白くなった。見ると、モーセとエリヤが現れ、イエスと語り合っていた。ペトロが口をはさんでイエスに言った。「主よ、わたしたちがここにいるのは、すばらしいことです。お望みでしたら、わたしがここに仮小屋を三つ建てましょう。一つはあなたのため、一つはモーセのため、もう一つはエリヤのためです。」ペトロがこう話しているうちに、光り輝く雲が彼らを覆った。すると、「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者。これに聞け」という声が雲の中から聞こえた。弟子たちはこれを聞いてひれ伏し、非常に恐れた。イエスは近づき、彼らに手を触れて言われた。「起きなさい。恐れることはない。」彼らが顔を上げて見ると、イエスのほかにはだれもいなかった。
一同が山を下りるとき、イエスは、「人の子が死者の中から復活するまで、今見たことをだれにも話してはならない」と弟子たちに命じられた。

 

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コメント

大切なお教えやお言葉に圧倒される思いで拝読いたしました。「主の御変容」という意味も知ることができました。光り輝く雲の中から、「これはわたしの愛する子、私の心に適うもの、これに聞け」、と、神の声がした、と語られている箇所は本当に感動的です。神は、イエスに聞け、と言っていますが、今の私たちは、聖霊の声に聞くということ。そのためには心の準備が必要。

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