無料ブログはココログ

« わたしはある | トップページ | 悪魔憑き »

2020年4月 1日 (水)

イエスはだれか。

イエスは『わたしはある』

四旬節第5水曜日ミサ説教
2019年4月10日

 

次の日曜日は受難の主日(枝の主日)であります。そしてその日からの一週間が聖なる一週間(聖週間)であり、4月21日が復活祭となります。わたしたちは毎日ヨハネの福音を読みながらイエスの最後の一週間の出来事、受難に向かって歩んでいます。
イエスとユダヤ人の間には、神とはどんな方であるのか、ということについての大きな理解の違いがありました。イエスは、自分は神から遣わされた者であり、神から聞いたことを人々に伝えていると主張していますが、彼らはそれを認めることが出来なかったのでした。
昨日の福音で、イエスは、自分は「わたしある」という者だと言われました。「わたしある」は、モーセにあらわれた神が、モーセから名前を聞かれて「わたしはある」であると答えたときの「わたしはある」であります。そこで、イエスがヨハネの福音で、自分を「わたしはある」ギリシャ語で「エゴーエイミイ」としたということは、は神に等しい者であるとした、ということになります。昨日の福音で「多くの人はイエスを信じた」と在りますので、問題は解決したのかと言えば、今日の福音によると、そうではありません。「信じた」と言いますが、何をどのように信じたのか、分からなくなってきます。「信仰」と言ってもその内容、程度にはいろいろであるということになります。彼らは「わたしの言葉にとどまるならば、あなたたちは本当にわたしの弟子である。あなたたちは真理を知り、真理はあなたたちを自由にする」と言ったイエスの「自由にする」という言葉に躓いたのでした。
「わたしたちはアブラハムの子孫です。今までだれかの奴隷になったことはありません。『あなたたちは自由になる』とどうして言われるのですか。」
とユダヤ人は言っています。自分たちは誰の奴隷でもない、アブラハムの子である、と彼らは主張しました。それに対してイエスは、アブラハムの子ならアブラハムのように生きている筈なのに、あなたがたはわたしを殺そうとしているではないか、と言いました。あなたがたは血筋の上ではアブラハムの系図に属しているだろうがアブラハムの信仰を生きていないではないか、とイエスは言っているのです。それどころか「あなたたちはわたしを殺そうとしている。わたしの言葉を受け入れないからである。わたしは父のもとで見たことを話している。ところが、あなたたちは父から聞いたことを行っている」とイエスは言われました。さらに言われました。「アブラハムの子なら、アブラハムと同じ業をするはずだ。ところが、今、あなたたちは、神から聞いた真理をあなたたちに語っているこのわたしを、殺そうとしている。アブラハムはそんなことはしなかった。あなたたちは、自分の父と同じ業をしている。」
此処でイエスが言う「父」とは誰か。ヨハネの福音のこの先を読んでみると、この父とは「悪魔」である、ということになります。
此処で話は跳びますが、今日のこのヨハネの福音はわたしたちに何を語っているのでしょうか。わたしたちはイエスを信じてイエスの弟子となりましたが、わたしたちはイエスの弟子であるという信仰をどのように、どの程度生きているでしょうか。いまわたしたちは日々の生き方を深く反省する時を迎えています。

 

« わたしはある | トップページ | 悪魔憑き »

本郷から」カテゴリの記事

コメント

前日のヨハネ福音書に戻ってお話していただき、イエスがどういう方であったのか、どのように苦しまれていたかをもう一度振り返ることができました。 イエスを信じているという信仰をどのように生きるか、というお言葉は胸に残ります。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« わたしはある | トップページ | 悪魔憑き »