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2020年4月22日 (水)

恥を覆う

復活第二木曜日に思う

 

神の愛について、非常に心惹かれる説明の一つが、

「神は、わたしたちひとり一人を、あたかもわたしたちただ一人を愛されるように愛し給う」

というアウグスチヌスの言葉です。

神はすべての人を愛してくださるが、ひとり一人の人をほかの人がいないかのように、その人を愛されるという意味です。自分を愛する神は他の人がいないかのように自分を愛する、という意味だと思います。自分しかいない。自分が自分であるから、愛してくれる、という意味。分かるような気がする。あなたがあなたであるから大切にしてくださる、欠点や罪があってもあなたがあなたでるという理由で愛してくださる、という意味だと思います。

それと関連して思うことがあります。神はわたしたちの至らなさ、欠点、醜さ、あるいは恥ずべき惨めさを覆い癒してくださるということです。罪びとといわれると抵抗を感じる人が多いでしょう。罪は犯罪ではないですが、恥ずかしいこととも違います。日本の文化は恥の文化と言われますが、わたしたちは恥辱に鋭敏です。神は恥辱を覆ってくださるとしたら、それはわたしには大きな福音です。

 

 

 

 

 

 

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噛んで含めるように」カテゴリの記事

コメント

ありがとうございます。涙と共に受け止めさせて頂きました。今日は「いつくしみ深い神」をゆっくり読み味わいたいと思います。

何度も拝読いたしました。アウグスティヌスの言葉をさらに深く丁寧にお話いただき、胸が熱くなりました。神は、罪や欠点があってもあなたがあなたであるという理由で愛してくださる。欠点や至らなさ、醜さ、惨めさも覆い癒してくださる。

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