無料ブログはココログ

« 噛んで含めるように語ったイエス | トップページ | ペトロのその後 »

2020年4月15日 (水)

弟子たちはすぐに素直に復活したイエスを信じたか!

復活の木曜日

イエスの弟子たちは素直に直ぐに復活を信じたわけではなかった!

 

復活の木曜日ミサ説教

今日のルカによる福音は昨日のエマオの弟子の話の続きであります。
イエスは弟子たちに言われました。
「あなたがたはこれらのことの証人となる。」
「これらのこと」とは何でありましょうか。イエスが、聖書に書いてあるとおり苦しみを受け、十字架にかかり、人々の罪の赦しと救いのために復活するということ、さらに、あらゆる国の人々に救いの福音が宣べ伝えられる、ということを指していると思います。
イエスの受難と復活はすでに旧約聖書で預言されているとイエス自身が言っています。しかしこの復活という出来事を受け入れるためには弟子たちにはなお心の準備、信仰が必要でありました。復活したイエスに出会ってもすぐにはその人がイエスであるとは気がつかなかったとエマオの弟子の話が伝えています。イエスがかなり長い時間を使ってご自身について聖書が書いていることを説明し、さらにイエスがパンを裂いてくださったときになって初めて、エマオの弟子たちは、その人がイエスだと分かったのでありました。
またこの後すぐにイエスがエルサレムでお現われになり、「イエス御自身が彼らの真ん中に立ち、『あなたがたに平和があるように』と言われた」のであります。そのときに弟子たちは多いに喜んだと思われますが、「彼らは恐れおののき、亡霊を見ているのだと思った」と福音書は述べています。なぜ彼らは恐れおののいたのでしょうか。「彼らが喜びのあまりまだ信じられず、不思議がっていた」ともルカ福音書は述べています。
弟子たちは復活したイエスに出会っても直ぐに素直にイエスを信じたわけではありませんでした。イエスが復活したということを信じるためにはイエス自身からの呼びかけ、助け、恵が必要でありました。
ところで今日の第一朗読「使徒言行録」でペトロは確信をもって宣言しています。
「あなたがたは、命への導き手である方を殺してしまいましたが、神はこの方を死者の中から復活させてくださいました。わたしたちは、このことの証人です。」
使徒たちは復活の証人として人々にイエスの復活を宣べ伝え、使徒の証言を聞いた人々はイエスを信じました。わたしたちも、復活してイエスに直接お会いしたことはないが、復活を信じて生きた人々と出会ってイエスの復活を信じることができたのです。
主イエスはトマスに言われました。「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は幸いである。」(ヨハネ2029)
復活節を過ごすわたしたちが、「見ないで信じる信仰」を深め強めていただけるよう、聖霊の助け、導きを祈りましょう。

第一朗読  使徒言行録 3:11-26
(その日、いやされて歩けるようになった)男がペトロとヨハネに付きまとっていると、民衆は皆非常に驚いて、「ソロモンの回廊」と呼ばれる所にいる彼らの方へ、一斉に集まって来た。これを見たペトロは、民衆に言った。「イスラエルの人たち、なぜこのことに驚くのですか。また、わたしたちがまるで自分の力や信心によって、この人を歩かせたかのように、なぜ、わたしたちを見つめるのですか。アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神、わたしたちの先祖の神は、その僕イエスに栄光をお与えになりました。ところが、あなたがたはこのイエスを引き渡し、ピラトが釈放しようと決めていたのに、その面前でこの方を拒みました。聖なる正しい方を拒んで、人殺しの男を赦すように要求したのです。あなたがたは、命への導き手である方を殺してしまいましたが、神はこの方を死者の中から復活させてくださいました。わたしたちは、このことの証人です。あなたがたの見て知っているこの人を、イエスの名が強くしました。それは、その名を信じる信仰によるものです。イエスによる信仰が、あなたがた一同の前でこの人を完全にいやしたのです。ところで、兄弟たち、あなたがたがあんなことをしてしまったのは、指導者たちと同様に無知のためであったと、わたしには分かっています。しかし、神はすべての預言者の口を通して予告しておられたメシアの苦しみを、このようにして実現なさったのです。だから、自分の罪が消し去られるように、悔い改めて立ち帰りなさい。こうして、主のもとから慰めの時が訪れ、主はあなたがたのために前もって決めておられた、メシアであるイエスを遣わしてくださるのです。このイエスは、神が聖なる預言者たちの口を通して昔から語られた、万物が新しくなるその時まで、必ず天にとどまることになっています。モーセは言いました。『あなたがたの神である主は、あなたがたの同胞の中から、わたしのような預言者をあなたがたのために立てられる。彼が語りかけることには、何でも聞き従え。この預言者に耳を傾けない者は皆、民の中から滅ぼし絶やされる。』預言者は皆、サムエルをはじめその後に預言した者も、今の時について告げています。あなたがたは預言者の子孫であり、神があなたがたの先祖と結ばれた契約の子です。『地上のすべての民族は、あなたから生まれる者によって祝福を受ける』と、神はアブラハムに言われました。それで、神は御自分の僕を立て、まず、あなたがたのもとに遣わしてくださったのです。それは、あなたがた一人一人を悪から離れさせ、その祝福にあずからせるためでした。」

福音朗読  ルカによる福音書 24:35-48
(そのとき、エルサレムに戻った二人の弟子は、)道で起こったことや、パンを裂いてくださったときにイエスだと分かった次第を話した。 こういうことを話していると、イエス御自身が彼らの真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。彼らは恐れおののき、亡霊を見ているのだと思った。そこで、イエスは言われた。「なぜ、うろたえているのか。どうして心に疑いを起こすのか。わたしの手や足を見なさい。まさしくわたしだ。触ってよく見なさい。亡霊には肉も骨もないが、あなたがたに見えるとおり、わたしにはそれがある。」こう言って、イエスは手と足をお見せになった。彼らが喜びのあまりまだ信じられず、不思議がっているので、イエスは、「ここに何か食べ物があるか」と言われた。そこで、焼いた魚を一切れ差し出すと、イエスはそれを取って、彼らの前で食べられた。
イエスは言われた。「わたしについてモーセの律法と預言者の書と詩編に書いてある事柄は、必ずすべて実現する。これこそ、まだあなたがたと一緒にいたころ、言っておいたことである。」そしてイエスは、聖書を悟らせるために彼らの心の目を開いて、言われた。「次のように書いてある。『メシアは苦しみを受け、三日目に死者の中から復活する。また、罪の赦しを得させる悔い改めが、その名によってあらゆる国の人々に宣べ伝えられる』と。エルサレムから始めて、あなたがたはこれらのことの証人となる。

 

 

 

« 噛んで含めるように語ったイエス | トップページ | ペトロのその後 »

噛んで含めるように」カテゴリの記事

コメント

イエスが十字架に架かり人々の罪と赦しと救いのために復活した。このことを弟子たちが信じて、証人となって人々に宣べ伝えるようになるまでには時間もかかったことや、イエス自身の呼びかけ、恵みも必要だったこと。 使徒言行録、ルカによる福音書についてもとても詳しくお話しいただきありがとうございました。見ないのに信じる人は幸いである、というイエスのことば、そして、信仰とは、復活を信じて生きた人々と出会ってイエスの復活を信じること。 深い意味を感じます。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 噛んで含めるように語ったイエス | トップページ | ペトロのその後 »