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2020年5月 6日 (水)

5/8,9,10日の福音

復活後第4金曜日、5月8日

復活後第4土曜日、5月9

復活後第5主日、5月10日

第一朗読 使徒言行6・1-7
第二朗読 一ペトロ2・4-9
福音朗読 ヨハネ14・1-12
5月8日、復活後第4金曜日、ヨハネ14・1-6

5月9日、復活後第4土曜日、ヨハネ14・7-14

三日間ほぼ共通)
 

説教

ヨハネの福音の14章が、今日の福音の箇所であります。イエスは地上を去る時が来たことを知り、弟子たちに遺言のように数々の教えを残されました。ヨハネによる福音は、そのようなイエスの言葉と生涯を編集した福音書であると思われます。

 さて、イエスは、「わたしの父の家には住む所がたくさんある。」と言われました。弟子たちが不安や危険を感じている時に、彼らを励まして、わたしたちは父の家に行くのですよ、父の家には住む所がある、あなたがたのためにすでに、住む所が用意されている、心を騒がせてはならない、と言われたのであります。「わたしは道であり、真理であり、命である。」その父のもとの住む所にどうやって行ったらいいだろうか。正しい道を歩まなければたどり着くことができない。どこに行くにも道を調べて、その道に従って行かないとたどり着くことができないわけですが、まして、地上の旅をしながら天の父のもとに行く旅、それは容易なことではない。わたしたちはなかなか神様の教えをよく理解することができなかった。そして、さらに、おっしゃっていることがある程度わかるけれども、なかなか実行できない。脇道に逸れてしまう。そのようなわたしたち、いわば罪人であり、そして破れたところがあると申しましょうか、そういう人間を赦し、励まし、そして助けながら天の父のもとへ連れてってくださる方がイエス・キリストであります。天の父のもとへ行く道。その道を示す人がイエス。そのイエスは人を欺いたり、あるいは失敗させたりする方ではなく、信頼するに値する方。イエスと共に歩めば、天の父のもとに行くことができますよ、信頼するに値する、そういう意味で真理であると言えます。そして、すでに天の父の命を生きている人なのだと。

 わたしを見る人は、天の父を見ることと同じである。父はわたしの内にすでにおられ、わたしも父の内にいる。わたしと父は一体であると宣言しておられます。ですから、天の父のもとに行くためには、イエスと共に歩まなければならない。地上の生活を終えたイエスは、天に昇られ、そして弟子たちに聖霊を注いで、教会を設立しました。今は教会の時代であります。イエスはわたしたち教会の中に留まり、人間として留まるというよりも霊的に留まり、色々な機会を通して、わたしたちに教え、励まし、導いてくださっています。

第二朗読の中で、次のような言葉がありました。「あなたがたは、選ばれた民、王の系統を引く祭司、聖なる国民、神のものとなった民です。」これはどういうことでしょうか。すでにわたしたちは、神の子となり、洗礼を受け、神様の恵みに与り、イエス・キリストの務めを果たす、務めに協力することができるものとなっているんですよと。神様に日々の生活をお献げする祭司、そしてイエス・キリストの教えをのべ伝える福音宣教者、さらに生活の中で神の愛を実行することによって、人々を神様のもとに導くことができる、そういう人になっています。そして、既に洗礼を受けさらに堅信の秘跡を受けた人は、さらに聖霊の賜物を受け、力強く信仰を証しし、実行することができるようにされているのであります。知恵と理解、判断と勇気、神を知る恵み、神を愛し敬う心、聖霊の七つの賜物を受け、そして主イエス・キリストの教えを自分の場所で、自分の言葉で説明する人。イエス・キリストが生きられたように、神の愛を実行する人になります。

 福音宣教をするという教会の務めは全員の務めであって、司祭、修道者が持っているが、信徒の方はその神父様やシスターを助ければいいというわけではない。もちろん助けていただかないといけないのでありますが、自分でも自分の場所で出会う人に、信じている信仰、わたしは何をどう信じているか、なぜ信じたか、どのようにして信じるようになったのかということを、自分の言葉で話す人になっていただきたいし、そうできるはずであります。それは聖霊が働くからであります。

 神の民全員が宣教する人、そして、この世界をより福音の教えにかなったものするために働く者となるのです。さらによく聖書を学び、お祈りをし、そして自分の周りの人を見て、困っている人、助けを必要とする人、必ずいるんですよね、そのためにできる奉仕をするようにしていただきたいと思います。

 

第一朗読  使徒言行録 6:1-7

そのころ、弟子の数が増えてきて、ギリシア語を話すユダヤ人から、ヘブライ語を話すユダヤ人に対して苦情が出た。それは、日々の分配のことで、仲間のやもめたちが軽んじられていたからである。そこで、十二人は弟子をすべて呼び集めて言った。「わたしたちが、神の言葉をないがしろにして、食事の世話をするのは好ましくない。それで、兄弟たち、あなたがたの中から、“霊”と知恵に満ちた評判の良い人を七人選びなさい。彼らにその仕事を任せよう。わたしたちは、祈りと御言葉の奉仕に専念することにします。」一同はこの提案に賛成し、信仰と聖霊に満ちている人ステファノと、ほかにフィリポ、プロコロ、ニカノル、ティモン、パルメナ、アンティオキア出身の改宗者ニコラオを選んで、使徒たちの前に立たせた。使徒たちは、祈って彼らの上に手を置いた。

こうして、神の言葉はますます広まり、弟子の数はエルサレムで非常に増えていき、祭司も大勢この信仰に入った。

 

第二朗読  ペトロの手紙 一 2:4-9

(愛する皆さん、)主のもとに来なさい。主は、人々からは見捨てられたのですが、神にとっては選ばれた、尊い、生きた石なのです。あなたがた自身も生きた石として用いられ、霊的な家に造り上げられるようにしなさい。そして聖なる祭司となって神に喜ばれる霊的ないけにえを、イエス・キリストを通して献げなさい。聖書にこう書いてあるからです。

「見よ、わたしは、選ばれた尊いかなめ石を、シオンに置く。これを信じる者は、決して失望することはない。」

従って、この石は、信じているあなたがたには掛けがえのないものですが、信じない者たちにとっては、

「家を建てる者の捨てた石、これが隅の親石となった」のであり、また、「つまずきの石、妨げの岩」なのです。

彼らは御言葉を信じないのでつまずくのですが、実は、そうなるように以前から定められているのです。しかし、あなたがたは、選ばれた民、王の系統を引く祭司、聖なる国民、神のものとなった民です。それは、あなたがたを暗闇の中から驚くべき光の中へと招き入れてくださった方の力ある業を、あなたがたが広く伝えるためなのです。

 

福音朗読  ヨハネによる福音書 14:1-12

(そのとき、イエスは弟子たちに言われた。)「心を騒がせるな。神を信じなさい。そして、わたしをも信じなさい。わたしの父の家には住む所がたくさんある。もしなければ、あなたがたのために場所を用意しに行くと言ったであろう。行ってあなたがたのために場所を用意したら、戻って来て、あなたがたをわたしのもとに迎える。こうして、わたしのいる所に、あなたがたもいることになる。わたしがどこへ行くのか、その道をあなたがたは知っている。」トマスが言った。「主よ、どこへ行かれるのか、わたしたちには分かりません。どうして、その道を知ることができるでしょうか。」イエスは言われた。「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない。あなたがたがわたしを知っているなら、わたしの父をも知ることになる。今から、あなたがたは父を知る。いや、既に父を見ている。」フィリポが「主よ、わたしたちに御父をお示しください。そうすれば満足できます」と言うと、イエスは言われた。「フィリポ、こんなに長い間一緒にいるのに、わたしが分かっていないのか。わたしを見た者は、父を見たのだ。なぜ、『わたしたちに御父をお示しください』と言うのか。わたしが父の内におり、父がわたしの内におられることを、信じないのか。わたしがあなたがたに言う言葉は、自分から話しているのではない。わたしの内におられる父が、その業を行っておられるのである。わたしが父の内におり、父がわたしの内におられると、わたしが言うのを信じなさい。もしそれを信じないなら、業そのものによって信じなさい。はっきり言っておく。わたしを信じる者は、わたしが行う業を行い、また、もっと大きな業を行うようになる。わたしが父のもとへ行くからである。」

 

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コメント

地上を去る前のイエスの思いを代弁していただいたように感じ、まるで自分が弟子で言われているかのように、イエスの思い、温かさ、力強さが伝わってきました。

「わたしは道であり、真理であり、命である」
これまでも何度も耳にしている言葉ですが、より深く響いてきました。
この三日間、繰り返し味わいます。

「できるはずであります。それは聖霊が働くからであります」というお言葉。
心に受け止め、いつも思い起こし、歩んでいく力にしたいと思います。

多くのお教えが籠められているお説教。くり返し拝読いたしました。地上の旅をしながら天の父のもとに行く旅は容易ではない、なかなか神様の教えを理解できない、ある程度わかってもなかなか実行できない。そういう人間にもイエス・キリスト・は天の父の下へ行く道を教えてくれる。
地上の生涯を終えたイエスが弟子たちに聖霊を注いで設立したのが教会。イエスは霊的に教会の中に留まり色々な機会を通して教え,励まし、導いてくださっている。

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