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2020年5月18日 (月)

神の名による殺人

518日復活節第6月曜日

「人々はあなたがたを会堂から追放するだろう。しかも、あなたがたを殺す者が皆、自分は神に奉仕していると考える時が来る。」

 恐ろしい言葉です。キリストの弟子たちを殺すことが神の仕えることだと考える人たちがいる、というのです。実際イエスを十字架に追いつめた人たちは、そうすることが正しく相応しいと考えた律法の専門家と祭司たちでした。彼らはイエスが冒涜の罪を犯したと考えたのです。

キリスト教は反体制の宗教でした。しかし4世紀末に国教になった時に、迫害される側からは迫害する側に転じるという恐ろしい危険に陥りました。

聖ヨハネ・パウロ二世が紀元2000年を迎えるに際して『紀元二千年の到来』を発表し、「教会の子らが信教の自由の基本的人権を妨げた」という事実を認めた遺憾の意を表したのでした。

 第一朗読 使徒言行録16:11-15
わたしたちはトロアスから船出してサモトラケ島に直航し、翌日ネアポリスの港に着き、そこから、マケドニア州第一区の都市で、ローマの植民都市であるフィリピに行った。そして、この町に数日間滞在した。安息日に町の門を出て、祈りの場所があると思われる川岸に行った。そして、わたしたちもそこに座って、集まっていた婦人たちに話をした。ティアティラ市出身の紫布を商う人で、神をあがめるリディアという婦人も話を聞いていたが、主が彼女の心を開かれたので、彼女はパウロの話を注意深く聞いた。そして、彼女も家族の者も洗礼を受けたが、そのとき、「私が主を信じる者だとお思いでしたら、どうぞ、私の家に来てお泊まりください」と言ってわたしたちを招待し、無理に承知させた。

 福音朗読  ヨハネによる福音書 15:26-16:4a
(そのとき、イエスは弟子たちに言われた。)「わたしが父のもとからあなたがたに遣わそうとしている弁護者、すなわち、父のもとから出る真理の霊が来るとき、その方がわたしについて証しをなさるはずである。あなたがたも、初めからわたしと一緒にいたのだから、証しをするのである。これらのことを話したのは、あなたがたをつまずかせないためである。人々はあなたがたを会堂から追放するだろう。しかも、あなたがたを殺す者が皆、自分は神に奉仕していると考える時が来る。彼らがこういうことをするのは、父をもわたしをも知らないからである。しかし、これらのことを話したのは、その時が来たときに、わたしが語ったということをあなたがたに思い出させるためである。」

 

 

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コメント

弟子たちは、イエスが神を冒涜したと思う者たちによって追放されたり殺されたりした。使徒言行録からは、パウロや弟子たちのあちこちを廻る伝道の様子やリデイアの女性が主に心を開いて洗礼をうけたいきさつなど、初期のキリスト教の布教のための弟子たちの努力が伝わります。
4世紀末に国教になってからは、キリスト教は迫害する側に転じたということも、新たに学ぶことができました。
ヨハネによる福音書で 聖霊の力がイエスの証をなさる、あなた方もはじめから私と一緒にいたのだから、証しをするのであるなどと、と弟子たちを力強く励ましているのが印象的です。

「自分が正しい」と思ってすることで、人を殺すことがある。正しいこと、よいことをしていると思い込んで、気づかずに人を傷つけたり、言葉で殺すようなことも人は平気でしてしまうことがある。
自分の正しさが、いつも疑わしいくらいの方がよい気がします。
キリストの弟子たちを殺そうと考えた人たちは、何か彼らが、自分たちが信じている自分たちの正しさを脅かすような気がしたのかもしれないと思います。

自分の正しさに頑なにならず、いつも聖霊に耳を傾けていないと、道を間違えてしまう気がします。

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