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2020年6月26日 (金)

重い皮膚病

2020年6月26日のミサより、「重い皮膚病」(ツァラト)

イエスという人は何をした人でしょうか。福音書から目立つイエスの行いは「癒し」であります。イエスは病気の人、患っている人、体の不自由な人を癒しました。今日の癒しは「重い皮膚病」の人の癒しです。

「重い皮膚病」と言う言葉は、従来は「らい」、あるいは「らい病」と訳されていました。しかし、「らい」という言葉は、人々に不快感を与え、差別を助長させます。 聖書には、この「らい」の人がたびたび出てきますが、「らい」はギリシャ語の原文では、「lepra(レプラ)」であります。旧約聖書にある「皮膚病の人」、「ツァラアト」という言葉なのですけれども、これが、ギリシャ語に訳すときに、「lepra(レプラ)」となりました。 医学が進歩して、この病気を引き起こす病原菌が発見されました。発見者の名前を取って、「ハンセン病」、あるいは「ハンセン氏病」というようにもなりました。  
聖書に出てくる「重い皮膚病」が「ハンセン病」と同じであるかどうか、ということは、今の医学では、確認できていないこともあって、「重い皮膚病」となっております。

さらに最近2018年に発表された「聖書 聖書協会共同訳」では「ツァラト」は「既定の病」と訳されています。ただし新共同訳聖書では「重い皮膚病」の訳を維持しております。(わたしは「ツァラト」でよいと思いますが。) 

自分自身の身体の変形、人に見られたくないような体の状態、それだけではなくて、人から忌み嫌われ、退けられる、一緒に暮らすことはできない、共同体の中には住めなくて、端の方に隔離されて、特に、旧約聖書の世界において、誰かに近づくときは、「わたしは汚れた者です」と叫ばなければならない、とされていました。どんなに屈辱的な思いをしたでありましょうか。  

この重い皮膚病の人はイエスの一言によって、清くされ、癒されました。司祭のところに行って、自分が癒されたことを証明し、そして、社会復帰をしても良いという許可をもらうようになったのでありました。

――

福音朗読  マタイによる福音書 8:1-4
(そのとき、)イエスが山を下りられると、大勢の群衆が従った。すると、一人の重い皮膚病を患っている人がイエスに近寄り、ひれ伏して、「主よ、御心ならば、わたしを清くすることがおできになります」と言った。イエスが手を差し伸べてその人に触れ、「よろしい。清くなれ」と言われると、たちまち、重い皮膚病は清くなった。イエスはその人に言われた。「だれにも話さないように気をつけなさい。ただ、行って祭司に体を見せ、モーセが定めた供え物を献げて、人々に証明しなさい。」

 

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コメント

忌み嫌われ退けられていた重い皮膚病の人は、旧約聖書の世界では、誰かに近づく時は、「わたしは汚れた者です」 と叫ばなければならないとされていた。そんな重い皮膚病を患っている人がイエスに近寄り、ひれ伏して、「主よ、御心ならば、わたしを清くすることがおできになります」 と言った。 イエスがその人に触れ、「よろしい。清くなれ。」 と言われると、たちまち、その皮膚病は清くなった。
救われようのないような状況で必死にイエスの御心を信じた重い皮膚病の人と、その願いを受け入れて病を癒したイエスの深い慈悲と愛について考えさせられます。

聖書 聖書協会共同訳」では「ツァラト」は「既定の病」と訳されたとのこと。
ハンセン病というのは、末梢神経が侵され結節ができ皮膚も侵されていく病気で、皮膚病ではないと当時者から問題提起されていました。が、改定されたといえ「既定の病」とは何ぞやという声も聞かれます。
以前から問題になっていたのは、レプラとギリシャ語に訳された「ツァラト」という言葉は、陶器などにできたシミのようなものを指し、また、その時代にハンセン病のような病気はなかったのではないか?という疑問もありました。
今ではハンセン病は菌は空気に触れるとすぐに死滅し、簡単に感染するようなことはないことが広く知られるようになりましたが、いつの時代も死に至るような病気が次々と発見され人々を死の恐怖ヘと襲います。
なんと今まさに新しいコロナウィルスという極めて感染力の強い病で、世界中が対策に追われているという困難な状況に見舞われています。
感染力が強く死に至るということで、感染者は、周辺の人から同情ではなく遠ざけられたり、中傷誹謗の対象になっていくという事態も出てきています。
イエスは、「ツァラト」に罹った人を癒し、清くなったと祭司に報告するように告げますが、現代の私たちはPCR検査を受け、証明書でも持ち歩くことになりかねないなんて思ったりしてしまいます。
すでに世界中で50万人に達する死者が出ています。職を失い病気と闘う人々も溢れてくるでしょう。ほんとうに他人事ではありません。
イエスはわたしたちの苦しみを共に担い歩んでくださると信じていますが、いったいどのように具体的に助け出してくださるのでしょうか。
すべてが新たになりますようにと、ひたすら祈るしかありません。

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