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2020年6月14日 (日)

一緒にニミリオン行きなさいとはどういう意味か?

2020年6月15日ミサ福音朗読より

 福音朗読  マタイによる福音書 5:38-42
(そのとき、イエスは弟子たちに言われた。)「あなたがたも聞いているとおり、『目には目を、歯には歯を』と命じられている。しかし、わたしは言っておく。悪人に手向かってはならない。だれかがあなたの右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさい。あなたを訴えて下着を取ろうとする者には、上着をも取らせなさい。だれかが、一ミリオン行くように強いるなら、一緒に二ミリオン行きなさい。求める者には与えなさい。あなたから借りようとする者に、背を向けてはならない。」

 今日の福音の教えも、一般に、実行が難しいと思われる内容ではないだろうか。

『目には目を、歯には歯を』はいわゆる「同害復讐法」であり、復讐心に歯止めをかけるための法である。自分の受けた被害と同じ程度の損害しか加害者に課してはいけないと命じている。言い換えれば受けた損害を上回る攻撃をして復讐することを禁じている。しかしイエスはこの法の精神を超える生き方を命じる。相手の要求を甘んじて受けるだけではなく、相手の要求以上の応答をするようにと言っている。悪人に抵抗しないという無抵抗主義ではなく、悪人のためになる何らかの善の行為をするようにと言っているのである。無抵抗主義を超えた神の愛の世界を述べている。イエスの生涯を見れば、イエスはこの自分の言葉を実行したことが分かる。福音書は、イエスが自分を裏切ったユダに対してとった態度、十字架上で自分を処刑する人々のために祈ったイエスの祈りを記している。

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コメント

相手の要求を受け入れるだけでなく、要求以上の応答をする、悪人に対しては無抵抗主義を越えて何らかの善の行為を行う。神の愛の世界をイエスは述べている。ユダを赦し、自分を十字架に架けた人々も赦して祈ったイエス。 その教えを実行するのは困難だと思いますが、この教えを知ったことで、これまでとは異なる行動がとれるかもしれないと思いました。

「悪人」というような人に何かをされる経験はそうそうありませんが、相手から色々な要求をされることはよくあると思います。そのような時に要求を甘んじて受けるだけでなく、要求以上の応答をする。思わずしてしまう自分になれる時に、新しい自分が開けるように思います。

「悪人」という小説を読んだことがあります。犯罪の被害者、加害者、二人をめぐる人々。登場人物にはそれぞれの悲しい人生があり、誰が「悪人」なのか、わからなくなる本でした。悪に対して「善の行為」をするまではいかなくても、その背景を思い、あわれみを感じる時に、赦しにつながるのかなと思います。

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