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2020年7月16日 (木)

自分の十字架とは何か?

2020年7月16日、年間第15木曜日

 福音朗読  マタイによる福音書 11:28-30

(そのとき、イエスは言われた。)「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。わたしは柔和で謙遜な者だから、わたしの軛を負い、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたは安らぎを得られる。わたしの軛は負いやすく、わたしの荷は軽いからである。」

 ―――

今日もこのみ言葉に出会う。

今のわたしにとってどう意味があるのだろうか。思いは乱れる。

イエスは次のようにも言っている。

「自分の十字架を担ってわたしに従わない者は、わたしにふさわしくない。 自分の命を得ようとする者は、それを失い、わたしのために命を失う者は、かえってそれを得るのである。」(マタイ10・38,39)

自分の十字架とは何だろ。喜んで自分の十字架を担いイエスに従う者でありたい。

 

第一朗読  イザヤ書 26:7-9、12、16-19

神に従う者の行く道は平らです。あなたは神に従う者の道をまっすぐにされる。主よ、あなたの裁きによって定められた道を歩み わたしたちはあなたを待ち望みます。あなたの御名を呼び、たたえることは わたしたちの魂の願いです。わたしの魂は夜あなたを捜し わたしの中で霊はあなたを捜し求めます。あなたの裁きが地に行われるとき 世界に住む人々は正しさを学ぶでしょう。

主よ、平和をわたしたちにお授けください。わたしたちのすべての業を 成し遂げてくださるのはあなたです。

主よ、苦難に襲われると 人々はあなたを求めます。あなたの懲らしめが彼らに臨むと 彼らはまじないを唱えます。妊婦に出産のときが近づくともだえ苦しみ、叫びます。主よ、わたしたちもあなたの御前でこのようでした。わたしたちははらみ、産みの苦しみをしました。しかしそれは風を産むようなものでした。救いを国にもたらすこともできず 地上に住む者を産み出すこともできませんでした。あなたの死者が命を得 わたしのしかばねが立ち上がりますように。塵の中に住まう者よ、目を覚ませ、喜び歌え。あなたの送られる露は光の露。あなたは死霊の地にそれを降らせられます。

 

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コメント

「自分の十字架とは何だろう。喜んで自分の十字架を担いイエスに従う者でありたい」

司教様のお姿、お言葉そのものがわたしたちにとっての福音宣教です。
お示し頂けるおめぐみに感謝します。

わたしの魂は夜あなたを捜し わたしの中で霊はあなたを捜し求めます。

主よ、平和をわたしたちにお授けください。わたしたちのすべての業をなしとげてくださるのはあなたです。 

あなたの送られる露は光の露。

自分の十字架を担ってわたしに従わない者は私にはふさわしくない、というイエスの強いことばには特別の意味が籠められているように思います。自分で判断し力を尽くして目的を達成しようとすることや、今置かれている状況から逃れたいと苦しむこと、過去のことに対する罪の意識、いろいろ絡まり合っている心の状態に悩む自分のことではなく、自分を捨て全身全霊でイエスにしたがわなければ、イエスにふさわしい者と言えないのだと教えているのだと思いました。
イザヤ書では、神をひたすら求めすべてを神にゆだねる人々の願い、そして最後に神によってもたらされる喜び、を格調高く述べているのが心に残ります。

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