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2020年7月28日 (火)

神が造った世界に何故悪が存在するのか?悪についての小さな考察、その1

全能で善である神の造った世界に何故悪が存在するのか?悪の問題についてのささやかな考察の1

 

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コメント

かねてから気になる問題でありながら、悪、について正面から考えてこなかったように思います。以前、悪魔の辞典、という書をただタイトルに惹かれて買ったのを思い出しました。気になる悪、悪魔、悪霊について考える機会をお与えいただきお教えいただいてありがとうございます。
毒麦の譬えは、現在の私たち自身のことに結びつきます。また、教皇フランシスコのことばは強く響いてきます。「悪魔はわたしたちに取りつく必要はありません、憎しみ、悲しみ、嫉妬心、悪業で毒していくのです」 聖パウロ6世はもっと厳しく、「わたしたちの最大の必要は、悪魔とよばれるあの悪から身を守ることです、悪とはただ欠点であるだけでなく、力であり、実際に生きた精神を持った、堕落し堕落させる存在です。恐ろしい実在そのものです。捉えどころのない怖いものです」、とおっしゃいました。 それでは、これらの悪と神が創った世界との関係は?
創世記一章を読むと深刻な、悪、悪魔、悪霊などのことを忘れるほど肯定的で美しい文で記されているのに感動しますが、この創世記一章はユダヤ民族がバビロン捕囚の後の悲惨な日々を送っていた頃に記されたことを知りました。そして、創世記一章は救いの歴史の中で展開し、終末に完成すること、救いの完成、創造の完成を述べているとも考えられ、神があらかじめ、完成された創造の世界を啓示してくれたのではないか、そして悪魔も全能の神の支配下に置かれているので、すぐ阻止されるわけではない、全能の神は創造の歴史の時には全てにその支配を及ぼすのだ、とお導き頂きました。 現実の世界と聖書の世界での悪について、とても多くのことをお教えいただきありがとうございました。

大司教様
「病気と障がいについて言えば、それは神の業が現れるためである。」
私は大司教様が元気に戻って来るのをますます確信しました。毎日祈ってます!!

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