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2020年8月

2020年8月15日 (土)

自己証明について

悪についてのささやかな考察 その四 に替えて「自己証明について」という随想を掲載します。

 

自己証明について―――被昇天祭に想う(悪についてのささやかな考察、その四に替えて)

 

今日2020年8月15日はカトリック教会では聖母マリアの被昇天の祭日です。教皇ピオ十二世は、聖母の被昇天をすべての信者が信ずべき教義であると宣言しました。マリアは無原罪に宿った方であり、その身体は死後腐敗する事なく天に挙がられた、と教えています。

さて、このところ偉大な日本の哲学者、西田幾多郎の思想に悪戦苦闘しています。難しいです。とても西田の著書を解読するには至りません。いまぼんやりと思うことを以下に記してみます。

西田幾多郎は1945年、終戦の8月15日を前にして6月7日に亡くなっています。75歳でした。明治・大正・昭和の激動の時代を生きました。八人の子供に恵まれましたがそのうち五人に先立たれていますし、最初の妻にも五年間の病床を経て先立たれています。家族についてだけでも、悲しみの体験の多い日々を過ごしています。

昔、司祭になるための勉強で、哲学を学びましたが、今思い出すのは、次の命題です。

「哲学の初めは驚きである。」

驚きはadmiratio という言葉でした。むしろ感嘆というべきかもしれません。この世界には驚くべき素晴らしいことで満ちている、という内容ではなかったかと思います。しかし、西田にとって哲学の動機は悲哀という事でした。人生の途上で遭遇する数々の哀しい出来事が彼をして人生の意味への思索へと駆り立てたのでした。彼は座禅をする人であり、また浄土真宗に深く帰依する人でしたが、あくまでも哲学者として、人生の困難な問題に取り組みました。彼の哲学論文はその悪戦苦闘の記録であります。もちろん宗教を信じる者にとって信仰は人生の苦難を克服するための慰めであり支えであります。そこに自分を託しさえすれば、思索によって苦闘する必要はないでしょうに、彼は人間として極限までこの問題、人生の真実を見つめ理論化しようと努めたようであります。

 

さて、『善の研究』で西田は、「善とは真の自己と出会う事である」と明言しました。以後、彼は「如何にしたら真の自己と出会うことが出来るか」という課題に取り組んでいきました。「真の自己に出会う、真の自己を知る」とは東洋の哲学並びの宗教の深く求めた課題ではなかったでしょうか。

人は自分を直接見ることが出来ません。鏡に映して自分の顔を見ます。鏡に映る自分はその時の自分の姿です。しかし、左右が反対になっていたりして、歪んで写ったりして、完全にそのままの自分を正確に映しているわけではありません。

そもそも自分とは何でしょうか。生まれたばかりの幼児には自分と他の人間との区別はありません。母と一体の存在です。次第に自分と自分の外との関係を知るようになりママス。自分を母との関係を知り、家族、そして、外界との関係を漠然と知るようになります。人は自分と自分以外の人とのかかわりの中で自分を位置づけしています。

仮にここに一人の男性がいるとします。彼が結婚していれば、妻に対して「夫」という立場になります。彼のことを妻は何と呼ぶでしょうか。もし子どもができれば、いつの間には妻は夫を「お父さん」と呼ぶようになります。夫が自分の父ではないことは十分に承知しているのですが、それでも自分の立場を子どもに置き替えて「お父さん」と呼ぶ場合が多いのです。もちろん夫は自分の子供に向かっては自分を、「お父さん」と呼びようになることが多いです。それは子どもにとって自分が何であるかを無意識にでも考慮しての言い方でしょう。

もし彼が教師をしているとすれば、彼は教室では自分のことを「先生は、昨日は都合によって授業を休みました。」というかもしれません。

もし彼が会社員であれば、上司に向かって自分のことを「わたしは」というでしょうか。そうかもしれないが、そういわないで、主語を書略して、直接相手の肩書を呼ぶことが多いと思います。「わたし・岡田は」ということも出来ますし、相手の上司に向かっては、その人の肩書をつけて呼び掛け、例えば「田中課長」とか「渡邊社長」とかという事ができます。日本語では、相手がだれであって何時も不変の独立した「わたくし」という言い方は通常していないのです。しばしば主語は省略されますので、人は前後の文脈から、主語が誰であるのか、を察しなければならないのです。誰が誰に何故何を言うのか、というような論理的な話し方は敬遠されます。角が立って聞き難いのです。

 

人は自分を直接見ることが出来ない。直接知ることが出来ない。他者に映った自分を通して自分を知るのです。家庭で子どもが見る父の姿と、社員が会社で見る、社長である父親の姿はかなり異なった物でありましょう。

人は他者を何時も、その立場から、肩書のある人として見ているのです。人を紹介する時も、某大学文学部哲学科准教授、という肩書で紹介すると、何となく、その人のイメージが浮かんできます。人はすでの、その肩書への理解を持っていて、その理解の枠の中でその人を理解するようにするのです。

 

人は同じ人でもその役割・立場の違いにより、いろいろな顔を持っているという事が分かったとして、それでも、いつでも、どんな場合でも変わらない自分とは何でしょうか。そもそも人はその身体からして刻々新陳代謝して変化しつつある存在ではないでしょうか。それは昨日の自分と今日の自分とは同じ自分であるのか。同じであるが違う、違うが同じ、という事になるのでないか。

例えば人は他者と契約します。買い物がそうです。何々を幾らで売り買うという約束をするとして、日にちが経ってしまうと、その約束はそのまま有効でしょうか。普通は有効期間を定めています。もし違う人間となるのでしたら何も約束出来ないことになります。人の状態は日々変わることを互いに諒解しながら、特段のことについては、期間を区切って、有効な契約として、信頼をもって実行することを互いに前提としているのです。

 

人は自分が変わらない自分であるという自己証明をどうするのか。最近、証明するための書類(ないしそのコピー)の提出を求められることが増えました。マイナンバー、運転免許証、パスポート、健康保険証などをもって、自分は東京文京区に居住する岡田武夫という住民であることを証明しなければならないのです。住民であることはそのようにして証明できますが、人は、住所、所属、肩書などを離れて存在する自分をどう証明するのでしょうか。

 

人は自分で自分を証明できないのです。電話をかけて、「あの、わたしですが何々さんいますか。」と訊ねても、電話で応対する人が電話してきた人を知らなければ、「どちら様ですか。」と誰何することになります。自分は自分であることを知っていて、それ以上当然のことはないのですが、それは相手には通じないのです。自分は岡田武夫という国民であることは国家に証明したもらうほかありません。

日本国籍を持つ者は一億二千万人はいるでしょう。自分はその中の一人に過ぎないのです。唯一無二の自分であることをどう自覚できるでしょうか。理論的に言って、自分という人間は、かつてなかったしこれからも現れないはずの存在です。唯一無二の自分を唯一無二としてくれるのは何か。自分で自分を証明しても、その証明している自分を誰が証明するのか。

例えば、岡田武夫-1という人がいます。その同じ岡田が岡田-2を証明します。するとその岡田を証明した岡田―2は誰が証明するのか。そこで岡田―3が必要になります。するとその岡田―3を証明する岡田―4が必要になります。かくて無限に自己証明の連鎖が遡ることになるのです。かくして、同じ岡田が同じ岡田を証明できないということになります。ではどうしたらよいのでしょうか。

結局、人を証明するのは人を超越した存在である超越者(例えば神)でなければならないでしょう。キリスト教の場合は、イエス・キリストという存在が、父である神へ取り次いでくださる仲介者であると考えられています。先日、聖クララの手紙を読みましたが、聖クララは主イエスをわたしたちの聖なる鏡と呼んでいます。

西田幾多郎はこの問題をどう解決したのでしょうか。彼は、真の自分を映す鏡を想定いします。その鏡を「場所」と呼んでいます。ではこの場所とは何か。場所とは、自分を空しくして映し出す場所です。その「場所」の理解は難解です。あらためて次の機会に考察してみましょう。

 

さて自己同一の証明です。同じ自己でありながら自己の中には、対立と葛藤があります。人は自分が秩序正しく統一された存在ではないと感じます。第一に病気ということがあります。病気は身体の秩序に乱れです。心の問題があります。人の心は、憎しみ、恨み、妬み、不安、乱れた欲情で揺れ動いています。人はしばしば平和に収まることから遠ざけられているのです。同じ自己でありながら自己の中に矛盾があり、調和がない。西田の有名な「絶対自己矛盾的自己同一」という難しい用語はこの人間の矛盾をも含む状態を指しているのでしょうか。

2020年8月 9日 (日)

西田幾多郎の『善の研究』について

悪について考えるからには有名な西田幾多郎の『善の研究』を取り上げざるを得ない。ああ、難しい!良くは分からない。さらに続編の勉強しなければならない。今やらないと一生しないだろうから今日明日と頑張ります。以下、悪について・・・その三です。

『善の研究』について

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2020年8月 8日 (土)

悪についてのささやかな考察 その二

創世記1・31 極めて良かった についてのささやかな考察(独り言)に続き、中高でならった東洋の思想、性善説と性悪説をあらためて勉強してみましょう。以下のファイルを参照ください。

 

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2020年8月 7日 (金)

主の変容

主の変容 ミサ説教

202086()、本郷教会

86日は毎年「主の変容」の祝日となっています。

主の変容という出来事が受難の四十日前に起こったという伝承に基づいて定められた日であると言われています。

イエスは三人の弟子ペトロ、ヤコブ、ヨハネだけ、十二使徒ではなく三人だけを連れて高い山、タボル山といわれている山に登られて弟子たちの見ている中で非常に光輝く姿に変わられた。姿が非常に栄光に満ちた様子に変わられたと告げています。

その出来事に出会ってペトロは気が動転してしまったのでしょうか、何か訳の分からないことを言っています。

「わたしがここに仮小屋を三つ建てましょう。」

その時、雲の中から「これはわたしの愛する子、わたしの心に敵う者、これに聞け」という声が聞こえてきた。

似たような出来事は、イエスが洗礼者ヨハネから洗礼を受けた時も天から声がして、同じように「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」(マタイ317、マルコ111、ルカ322)と言われたと出ています。

この出来事は、何を意味しているのでしょうか。

普通、次のように解釈されている。

受難を目前としていたイエスは、弟子たちがつまずいてしまうことを心配して、あらかじめ事が起こる前にこの例外的な特別な出来事を目撃させて、彼らの信仰を強くしたのではないかと言われています。

そうしたにも関わらず、ペトロもヤコブもヨハネもイエスの十字架の出来事に際しては、この事を思い出したのでしょうか、恐怖に襲われて為すすべもなく非常にだらしない状態になってしまったわけであります。

今日の叙唱を見ると出ていますが、こうしてキリストのからだである教会の十字架の道によって栄光に至ることが示されました。

わたしたちの教会の主イエス・キリストに倣って十字架の道を歩むことによって、栄光に入ることができるということを予め示してくださったという意味であると思われます。

わたしたちの宗教というのは、ナザレのイエスという人をキリストであり、救い主であると信じる宗教であります。

彼は通常まったく普通の人間としての風貌や生活、様子を示していて特別なことはなかったわけですが、例外的に今日のような変容というできごと、あるは目覚ましいしるし、奇跡などをおこなって、自分が誰であるかということを人びとに示されたのでありました。

そのキリストによって造られた教会が、この世の中でキリストの存在と働きを出来得る限り現わし、そして行っていかなければならないのであります。

二千年の歩みの中で、さまざまな出来事があり、困難に出会い、あるいは人々のつまずきになるようなこともありました。

今わたくしたちの教会はどんな状態にあるのか。

日本のカトリック教会、世界のカトリック教会、カトリック教会といわずキリストの弟子たちはどういう状態にあるのか。

たまたま信者と限らず世界中の人はコロナウイルスという問題に悩まされています。

そういう中で、イエス・キリストの本来の姿、神の御ひとり子であり、神と等しい方であるということを現された変容の出来事を、弟子たちはいつも思い起こし、自分たちの働きを通して時々は復活の栄光を人びとに垣間見させることができているだろうか。

教会はキリストの復活の証人であります。

復活という出来事が毎日起こったら、人びとは忙しくて普通の生活をすることが出来なくなるでしょうが、時々人間の弱さの中にそれを超える、遥かに超えていく永遠の世界、復活の世界、朽ちることのない復活の体を受けるという信仰と希望を示すことができるような、そういう働きが教会のわたくしたちの間にあって然るべきだし、実際によく見えていないけれどもおこなわれているのではないかと思います。

今日、非公式のミサを献げることになって、自分は最後にいつミサを挙げたのだろうかと、ミサを挙げることが当たり前だと思って四十何年過ごしてきたけど、ミサも挙げない、挙げられない、そういう自分というものに大変力を落としていたんですけれども、不思議なんですね、慣れればそういうものだと思って、今日もミサ挙げなくていいんだというようになってしまう。それが良い事か悪い事か分かりませんが。

今日はミサというのは一人で挙げるものではありませんので、皆さんのおかげでささやかな非公開の個人ミサ、ミサ・プリヴァータを献げることができています。

最後にミサを献げたのは、もう思い出せないくらい昔のような気がするが、調べてみると75日だったんですね。ほぼ一か月前。

ちょうど都知事の選挙の日で、あの日一生懸命ミサを挙げたあと、香部屋で一休みしてから

本郷通りを横切って、昭和小学校の投票所に行って投票して来て、ああ今日司祭として都民としてやることを一応やることができたという思いを持ったことが思い出されますが、まだ一か月前。でも何年も昔のような気がしているのはどういう訳でしょうか。

ちなみに直接関係ないんですけど、今日韓国のある司教様が亡くなったという知らせを受け取りました。

日本の教会と韓国の教会は、近いけれども遠い関係にある両国の在り方を少しでも良くしようということで、日韓司教交流会ということを始めたわけです。

それは濱尾司教様が司教協議会の会長であった時のことですが、マニラでアジア司教協議会連盟の集会があった時に、浜尾司教と韓国の司教協議会の会長イ・ムンヒという方でしたが、会って話し合って、それぞれの国の有志の司教が参加してともかく顔合わせをして、知り合いになろうということになったんです。

それで毎年開かれて、結果的にほぼ全員が参加する行事になりました。

その時に向こうで最初からずっと参加してこの集いを支え進めてくださった司教のチャン・イックという方がいたんですけれど、チュンチョンという教区、春の川と書くんですね、「春の小川」の春の川、ソウルの北側にある教区なんですが、そこの教区の司教チャン・イック司教さんが毎回参加していまして、その司教様が亡くなったとのことで寂しく思いますが、教会が現実の中でイエス・キリストの復活を証しすることができるようにささやかな努力を続けていきたいと思います。

 

第一朗読  ペトロの手紙 二 1:16-19
(愛する皆さん、)わたしたちの主イエス・キリストの力に満ちた来臨を知らせるのに、わたしたちは巧みな作り話を用いたわけではありません。わたしたちは、キリストの威光を目撃したのです。荘厳な栄光の中から、「これはわたしの愛する子。わたしの心に適う者」というような声があって、主イエスは父である神から誉れと栄光をお受けになりました。わたしたちは、聖なる山にイエスといたとき、天から響いてきたこの声を聞いたのです。こうして、わたしたちには、預言の言葉はいっそう確かなものとなっています。夜が明け、明けの明星があなたがたの心の中に昇るときまで、暗い所に輝くともし火として、どうかこの預言の言葉に留意していてください。福音朗読  マタイによる福音書 
17:1-9
(そのとき、)イエスは、ペトロ、それにヤコブとその兄弟ヨハネだけを連れて、高い山に登られた。イエスの姿が彼らの目の前で変わり、顔は太陽のように輝き、服は光のように白くなった。見ると、モーセとエリヤが現れ、イエスと語り合っていた。ペトロが口をはさんでイエスに言った。「主よ、わたしたちがここにいるのは、すばらしいことです。お望みでしたら、わたしがここに仮小屋を三つ建てましょう。一つはあなたのため、一つはモーセのため、もう一つはエリヤのためです。」ペトロがこう話しているうちに、光り輝く雲が彼らを覆った。すると、「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者。これに聞け」という声が雲の中から聞こえた。弟子たちはこれを聞いてひれ伏し、非常に恐れた。イエスは近づき、彼らに手を触れて言われた。「起きなさい。恐れることはない。」彼らが顔を上げて見ると、イエスのほかにはだれもいなかった。

一同が山を下りるとき、イエスは、「人の子が死者の中から復活するまで、今見たことをだれにも話してはならない」と弟子たちに命じられた。

 

 

 

2020年8月 2日 (日)

年間第18主日A年の聖書朗読、福音朗読を読んで

18主日の朗読の感想を以下に添付します。

ダウンロード - ae5b9b4e99693e7acac18e4b8bbe697a5.docx

 

 

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