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2020年9月30日 (水)

大天使の祝日

聖ミカエル 聖ガブリエル 聖ラファエル大天使 祝日ミサ説教

2020年929()、本郷教会

 

9月29日は聖ミカエル、聖ガブリエル、聖ラファエルの三位の大天使の祝日であります。

ミカエルの洗礼名の方、塚本さん、おめでとうございます。

ミカエルという名前の方は沢山いらっしゃると思います。

ミケランジェロ(1475-1564)という有名な画家がいましたが、ミカエルですね。

ラファエロ(1483-1520)という同じ頃の素晴らしい画家もラファエルの名前をとっていると思います。

教会の祈りの中に「毎日の読書」という読書課がありまして、聖書以外の貴重な教えを毎日司祭、修道者は読むことになっております。

今日の箇所をここにコピーしてきました。

聖グレゴリオ一世教皇という方の遺された「福音講話」が29日の第二読書課です。

第一読書課は聖書です。

毎年この箇所を読むわけですが、たいへん印象的な内容なのでご紹介したい。

天使アンゲルスというのは、「告げる使い」という意味です。

ラテン語ではアンゲルス、英語ではエンジェルでしょうか。

天使には大天使と大のつかない天使、大天使はアルカンゲルスと呼ばれます。

天使は人間じゃないので何人とは言わないで、昔の言い方ですと何位(なんい)、位(くらい)といっていましたが、最近は聞かないですね。

ちなみにこの天使の存在のことを最近はあまり意識しなくなっている。

霊的な世界というものについての感覚が非常に鈍くなっているように思う。

以前は行き過ぎとでも言われるような、神さまをそっちのけにして、天使とか聖人の方に関心がいっていたのかもしれないが、その反動でこの霊的な世界というものに対する敏感な感性というものが大変弱くなっているように思う。

目に見えない世界に対するわたくしたちの態度、感覚が非常に弱くなっている。

同じ天使でも堕落した天使が悪霊、悪魔であります。

 

今の教皇様、教皇フランシスコの出した使徒的勧告『喜びに喜べ』という本を一緒に勉強してきて、一応終わったわけですが、その時に強く教皇様がおっしゃっていたことを思い出します。

現代の人はあまり悪魔の存在に注意を払っていない、それは大変危険なことです。

悪魔というのは譬えに過ぎないとか、単なるおとぎ話とか、悪を人格化したものであるとか、そういうように考えてあまり大切なことと考えていないのは重大な問題である。

実際に悪魔は存在し、わたくしたちをいつも悪に誘っているのです。

その悪魔に対抗するためには、絶えざる祈りなどが必要ですというようなことを、この本の終わりの方で言っていて、同じことをパウロ6世教皇、列聖された聖パウロ6世教皇も教会公文書の中で言っていますよということを註で言っています。

 

霊的な世界に対するわたくしたちの感覚が鈍化していることは否めない事実です。

昔のことですが、わたくしは函館の男子のトラピストに行きまして、確か一か月程そこで過ごしました。

さっそくゆるしの秘跡を受けましたが、その時に受けた訓戒の言葉を一生忘れることができません。

人間は罪を犯しても何回も赦しを受けることができる。

しかし、完全に霊的な存在は一度でも、そして「思い」だけでも神に反すると、もう引き返すことができない。

天使の中で自分も神のようになろうと思っただけで、悪魔になってしまったということが言われている。

人間は何度でも痛悔し、回心して赦しを受けることが出来るが、純粋に霊的な存在は純粋ですので、思っただけでその結果が現れて、それは覆すことができない。

そういう意味であったと思います。

わたくしたちは身体、肉体を持っているので、自分たちの思うことや為すことは、悪いことについても不完全、不徹底なのですね。

しかし霊というのは、霊の世界に鈍いからよく分かりませんが、非常に純粋でありますから、それゆえ思っただけで神に反する存在になってしまうという意味であるようです。

(わたくしたちは)体を持っているのでその点良かったですね。

地上にいる間は大丈夫ですね。

大丈夫だからって、いい加減なことをして良いわけではないですけれども。

ちょっとそういうことを思ったりいたします。

天使にはそれぞれ役割がある。

天使の名前はその使命、役割に因んでつけられている。

ミカエルは「神のようなものがだれであるか」という意味であると先程読んだ朗読のヨハネの黙示に出てきますが、ミカエルは悪魔とたたかって悪魔のはたらきを封じ込めるという役割を与えられている。

昔のお祈りで、昔はよく「大天使ミカエルに向う祈」というのをしていたようです。

さっき慌てて探して見つけた祈りの本、懐かしいですね。

今読んでみます。

「大天使聖ミカエルに向う祈

大天使聖ミカエル、戦においてわれらを守り、悪魔の凶悪なる謀に勝たしめ給え。

天主のかれに命を下し給わんことを伏して願い奉る。

ああ天軍の総帥、霊魂をそこなわんとてこの世を徘徊するサタンおよびその他の悪魔を、

天主の御力によりて地獄に閉じ込め給え。アーメン。」

格調高い祈りですね。

それからガブリエル。

主のお告げの時に現れた天使です。

おとめマリアに主のお告げをした大天使です。

ガブリエルという名前は「神の力」という意味だそうで、一人の貧しい少女マリアを通して神の力が現れましたという救いの歴史があります。

 

ラファエルも良く使われる名前ですが、ラファエルという言葉の意味は「神の医薬」という

意味です。

聖書の第二正典トビト記に出てきます。

今日は大天使の日ですが、確か第二バチカン公会議(1962-1965)の前は別々の日に祝われていましたが、整理されて三位の天使が同じ日に祝うことになったと記憶しています。

 

ちょっと話は飛びますが、司祭は生身の人間、弱い人間でありながら主イエス・キリストの使命を地上で実行するために選ばれ、そして地上の生活においてさまざまな誘惑を受けながら生涯を神のみ旨をおこなう者として神と使徒に仕えました。

先日(924日)帰天されたフランシスコ・ザベリオ岸忠雄神父様。

わたくしが個人的に親しくさせていただいた方ですけれども、長い生涯を終えて帰天されました。

主のもとで安息に入られますよう、お祈りいたしましょう。

 

福音朗読  ヨハネによる福音書 1:47-51
(そのとき、)イエスは、ナタナエルが御自分の方へ来るのを見て、彼のことをこう言われた。「見なさい。まことのイスラエル人だ。この人には偽りがない。」ナタナエルが、「どうしてわたしを知っておられるのですか」と言うと、イエスは答えて、「わたしは、あなたがフィリポから話しかけられる前に、いちじくの木の下にいるのを見た」と言われた。ナタナエルは答えた。「ラビ、あなたは神の子です。あなたはイスラエルの王です。」イエスは答えて言われた。「いちじくの木の下にあなたがいるのを見たと言ったので、信じるのか。もっと偉大なことをあなたは見ることになる。」更に言われた。「はっきり言っておく。天が開け、神の天使たちが人の子の上に昇り降りするのを、あなたがたは見ることになる。」

 

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コメント

覚書5 なぜパウロか。
以前、シャールアンドレ神父様に「どう違うのですか」と質問したこと。
→2018.4.21 宗教講座にて星野神父様の『知恵の書11:23-12:1 .マタイ12:46-50 (天の父の御心を行う人が,わたしの兄弟,姉妹,また母である) .テサロニケ第1手紙5:12-14』のお話。この時、覚書4(復活節第6主日C年)のパウロに繋がった。嬉しかった。
/ごらんよ空の鳥 野の白ゆりを まきもせず つむぎもせずに やすらかに生きる
こんなに小さな いのちでさえ 心をかける 父がいる /歌(ごらんよ空の鳥)より

息子は堅信名を聖ガブリエルと自分で決めました。大天使のそれぞれの祝日がないのが残念です。
「目に見えない世界に対するわたくしたちの態度、感覚が非常に弱くなっている。
同じ天使でも堕落した天使が悪霊、悪魔であります。」とありますが、
『スーパーナチュラル』という米国のTVドラマではルシファーという天使が出てきて活躍するのがおかしいのですが、、そのドラマが好きな影響か?息子は天使が大好きです。
旧約聖書には人を導く善い天使がよく出てきます。
天使と悪魔の闘いは、教会学校ではよく出てくるお話ですが、大人になっても忘れないでいるのも不思議です。悪と闘う毎日ですから必要ですよね。

4,5歳ごろは、暗闇が怖く幽霊が出るので、廊下の奥にあるトイレに一人では行かれなくて、母についててもらっていましたが、ある時守護の天使がついているのだから、守ってくれるから恐いことはないと諭され、それ以来いつも恐いと感じた時は、守護の天使に呼びかけるようになりました。家の子どもたちにも、そのように教えてきました。
「目に見えるのものは、目に見えないものの徴」と受け止めてきたように思います。
自然の中に、雨や太陽の陽ざし、そよぐ風に神様の慈しみの徴を感じるときが一番幸せになります。

絵画や音楽に天使が魅力的に表されているのは知っていても、今回お教えいただいたことは初めてのことが多く、興味深く拝読いたしました。
「天使でも堕落した天使がいてそれが悪霊や悪魔である。わたしたちの世界は霊的な感性が鈍くなっているために気づかなくても、悪魔は実際存在していて、絶えず私たちを悪に誘っている、対抗するには絶えざる祈りが必要である」、というメッセージをあらためて心に刻みたいと思います。 (祈るということが本当に今の私にできているのか心もとなくなることもあるのですが)
大天使ミカエル、ガブリエル、ラファエルそれぞれの役割も学ぶことができ興味深く思いました。
ヨハネの福音書末尾でのイエスのことば、「はっきり言っておく、天が開け、神の天使たちが人の子の上に昇り降りするのを、あなたがたは見ることになる」 からは天使の躍動が伝わってきます。

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