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2020年10月25日 (日)

人は正しく神のみ心を知ることが出来るか

人は正しく神のみ心を知ることが出来るか。

 

10月25日 年間第30主日の福音は次の通りです。

福音朗読  マタイによる福音書 22:34-40
(そのとき、)ファリサイ派の人々は、イエスがサドカイ派の人々を言い込められたと聞いて、一緒に集まった。そのうちの一人、律法の専門家が、イエスを試そうとして尋ねた。「先生、律法の中で、どの掟が最も重要でしょうか。」イエスは言われた。「『心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。』これが最も重要な第一の掟である。第二も、これと同じように重要である。『隣人を自分のように愛しなさい。』律法全体と預言者は、この二つの掟に基づいている。」

 

キリスト教をどのように宣べ伝えたらよいでしょうか。キリスト教の掟は何でしょうか。

旧約聖書は613の掟を伝えているそうです。その中でどの掟が重要であるか、律法の専門家はイエスに訊ねました。

 

   「『心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。』これが最も重要な第一の掟である。第二も、これと同じように重要である。『隣人を自分のように愛しなさい。』律法全体と預言者は、この二つの掟に基づいている。」

 

隣人を自分のように愛する、とはどれにでも分かりやすい教えです。信者でない人の一応納得するでしょう。もっとも実行するのは難しいとは思うでしょうが。

問題は

   「『心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。』

 

「主を愛する」とはどうすることですか。どうしてはいけないのでしょうか。これは俄かには分かりません。神は人と同じように何かを必要としている、「欠乏を抱えている」ものではないでしょう。それとみ神は何を望んでいるのでしょうか。聖書によれば神は確かに人間に種々のことを望んでいます。それが掟であります。単純に言って神の命じることを行うことが神を愛することでしょう。(前回第10回、で述べたとおりです。)アブラハムの苦悩は如何ばかりだったでしょうか。信仰の父と呼ばれるアブラハムは、やっとさずかったいとし子イサクを燔祭(焼き尽くすいけにえ)として献げる用に神から命じられたのです。彼は誰にも神の命令をあかさず黙々として実行しようとしました。そのアブラハムの心中を想像して記述した論文が有名なキエルケゴールの「おそれとおののき」であります。

さて、ここで問題です。神は本当にそのような非道な無慈悲で非常理で無体は命令をアブラハムにくださたのでしょうか。わたしには理解できません。しかし、信仰とは理解できないことを受け入れるという理解があります。キルケゴールは、神の絶対性を人間の思いに優先します。

これは創世記に出て来る物語ですが、福音書ルカでは、おとめマリアがやみくもに救い主の母になることを求められます。こちらはアブラハムとイサクの物語とかなり、あるいは全然違う物語でしょうが、天使は命令ではなくお告げを伝えるのです。マリアは承諾します。理解できないまま神の計らいを信じて従いました。

マリアのように信じて受諾できればいいのですがわたしたちの場合はどうでしょうか。

まず、本当に神からの命令あるいはお告げであるのかが、問題です。次にその言葉が何を意味しているのかが問題です。第10回で申し上げたように、寓意的意味に解釈することが出来ます。アブラハムが命じられたのは、文字通りイサクをいけにえにして殺すということではなかったのだと思います。わたしたちは「み心が行われますように」と「主の祈り」で嘆願しますが、神のみ心とは何であるのかが問題です。「隣人を自分自身のように愛する」とは具体的に何を意味するのかが問題です。

イエスの復活の後教会が設立されました。教会は地上のイエスに替わってイエスの事業を継続し発展させます。教会はイエスの心に替わって日々どこにおいてもイエスのみ心を実行すべく期待されています。とはいえ、神のみ心あるいは主イエスのみ心はそう容易にはわかりません。かつて教会は神の名によって決定し命令しました、いわゆる異端審問、十字軍結成はそのような事例ではないでしょうか。後の時代になると非常に不可解な行動でありました。聖ヨハネ・パウロ二世は『紀元二千年の到来』という文書でそのことを示唆しています。教皇フランシスコは神の名による戦争・暴力を断固否定していると思います。裁くということは非常に難しいことです。わたしたち罪人が罪人を裁くということは非常に困難です。しかし、見て見ぬふりをして悪をはびこらせて良いでしょうか。そうではない。謙虚と寛容、併せて賢慮と正義が求められます。

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コメント

十字軍は正しかったと思います。そうでなければ、同時期にスペインで進行していたレコンキスタ(失地回復運動)も否定されることになります。

いろいろな問題や考え方を投げかけていただきました。私にとってアブラハムとイサクの話とのつながりで考えることが出来てよかったと思いました。
神を愛するとは神の命じることを行うこと
信仰とは理解できないことを受け入れることでもある
教会はイエスのみ心を実行するという大切なところ
本当の神のみ心を知ることは難しいこと

多くのことをお教えいただきました。
そして「自分を愛するように隣人を愛せよ」、 この大切な教えを守ることの困難さを日々実感しています。

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